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第25回「小説でもどうぞ」選外佳作 匿名ゴーストさんがコメントしました。 渡辺理久

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第25回結果発表
課 題

幽霊

※応募数304編
選外佳作 
  匿名ゴーストさんがコメントしました。 渡辺理久

「ガチっスか?」
「うん、ガチだよ、ガチ」
 目の前のバスローブ姿のおじさんは自慢気に話してくる。
「まだ平成だった頃にさ、流行はやったでしょ? チェーンメール。あれも俺っちが回してたの」
「えっ、じゃあ、あれって回さなかったらガチで呪ってたんスか?」
「そんなのできる訳ないじゃーん。俺っち低級のオジサン幽霊だよー。君みたいなさぁ、なんて言うの? いんふるえんさー?の方がよっぽどそういう力持ってるよ、きっと。」
 そう言いながら、その『オジサン幽霊』とやらは不格好なウインクをしてくる。キモイ。何なんだ、コイツは。タヌキ顔のハゲ頭にフザけた服装、一人称なんか全然似合ってない。不快感を押し殺してハハッと愛想笑いで返しながら、でも出会う時が違ったら、良い動画のネタにもなっただろうなぁ、と思う自分もいた。

 動画配信サービスで毎日の飯が食えるようになってから早二年、その飯を牛丼からステーキ重にするにはさらにあと一年がかかった。
 ある程度有名になるとアンチが付く、というのは自分も例外ではなかったようで、面白くないだの、消えろだの、動画向いてないだの、他の配信者のコメント欄でも見たことがあるような罵詈雑言を自分も浴びるようになった。
 例えば、心の中に感情の水を入れる器があったとして、気にしないようにした心ない言葉たちは自分の中で化学反応を起こして、この器にちょっとずつ、本当にちょっとずつ、沈着していたらしい。気付いた頃にはもうほとんど器に水は入らなくなっていたみたいだ。
 そうして器から水を溢れさせた俺は、風呂場で手首を切って、真っ赤な水を浴槽から溢れさせた。

 赤に沈んでいる俺のシタイをふと見つめていると、オジサンも視線に気付いたのか、同じところを見てくる。
「最近増えてるよねー、誹謗中傷に心痛めて君みたいに有名人が自殺するの。アンチコメントなんて俺っちみたいな幽霊たちが書き込んでるだけなのにさぁ」とナハハハ笑う。
 どうやらこのオジサン曰く、ネットに蔓延はびこる悪口は大体、低級幽霊たちがせっせと書き込んでいるものらしい。そもそもどうやってスマホとか触ってんだと思ったが、そこは『幽霊はねぇ、電子と親和性が高いんだよー』とか言っていた。
「じゃあ、そろそろお仕事始めなきゃ」
 そう言うと、どこから出したのだろうか、おもむろにスマホを開いて何やら操作を始めた。
「やっぱり、生きてる人って気付かないんだよねー。こういう批判してくる奴なんてホントは実体のないユウレイみたいなものだってこと。生きてるんだったら、生きてるヒトのこと大切にしとけばいいのにねーっと、はい出来た」
 オジサンは嬉々として顔を上げて、手に持つスマホの画面を俺に見せてきた。
 そこには、ルナがホラーゲームでキャーキャー言ってる生配信と、おそらくコイツが今書いたであろう『配信やめろよブス』の文字が映されていた。
 あぁ、そうだ、まだ全然俺が駆け出しだった頃に事務所でたまたまルナとは会ったんだ。
「カイト君はビッグになると思うよ! この前の動画もお腹抱えて笑っちゃったもん。君がビッグになったらコラボしてもーらお」
そこから次第に仲良くなって、飲みに行ったり今後のエンタメ業界を語り合ったりしていたのに、ここ1年は、俺が忙しいとかファンに見られたら困るとかで避けがちになって、結局コラボもしなかった。
 あの時、動画と変わらないキラキラした笑顔でああ言ってくれたのに、俺は。
「確かに、なんで気付かないんスかね、生きてる時って」
 オジサンからスマホを奪い取る。
 えー、もう仕事してくれるなんて期待の新人君だねぇ、と横でナハナハ言っているのを無視して目をやった画面には、アンチコメを見つけてかすかに顔を歪めるルナが映っている。もっと早く伝えれば良かった。

 匿名ゴーストさん:がコメントしました。
 亡霊なんて気にするな、絶対生きろ!
(了)