第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 我が輩は神である ななし
第7回結果発表
課 題
神さま
※応募数293編
我が輩は神である
ななし
ななし
我が輩は神である。そろそろ、世の中を終わりにしようと考えている。過去にも七回終わりにして、そのつど創り直した。
だが、今回は本当に終わりにする。近頃の人間の行いに、心底うんざりしているからだ。
そこで、この世を終わりにすべく、久々に降臨することにした。
あてもなく、適当に降りてみる。午後の日差しが照りつける中、古ぼけた団地の入り口に立っていた。
カタンカタと調子外れな音が聞こえてくる。後ろを振り返ると、一人の女の子がスキップをしながらこちらに向かってきた。
その子が跳びはねるたびに、背中のランドセルの中身が賑やかな音を立てているのだ。随分、楽しそうだなと思った。
次の瞬間、衝撃を受けて地面に転がった。女の子に気を取られて、前から走ってきたママチャリに気がつかなかったのだ。相手から自分は見えないので、文句のつけようはない。
やれやれと思いながら、地面に座っていると、ママチャリは、そのまま走り去っていった。子供のお迎えかな。ママたちは忙しいのだ。
ふと視線を感じて前を見ると、女の子が目を丸くしてこちらを見ている。それから、心配そうに言った。
「おじさん、大丈夫?」
おや、見えるのか。たまに、そういうこともある。おじさんと言われたのは少し心外だが。
団地の中庭の二つ並んだブランコに、それぞれ腰掛けた。
女の子はひなちゃんといい、二年生だそうだ。ママや先生は、知らない人と話したらいけないと言うけれど、おじさんは人じゃなさそうだからと、ここに連れてきてくれた。
ひなちゃんに、尋ねてみた。
「何か、嬉しいことがあったのかい」
ひなちゃんは、大きく頷いて答えた。
「今度の日曜に、ねずみランドに行くの」
ねずみランドのことは知っている。人気のテーマパークだ。
ひなちゃんは続けた。ねずみランドは遠くて高いので、周りで行ったお友達はいない。自分も今までそんな遠くに行ったことはないから、まだ水曜なのに、嬉しくてそのことばかり考えているのだそうだ。
「そうか、それは楽しみだね」
そう言ったものの、複雑な気持ちになった。この世は、日曜日を待たずに終わるのだ。
それに、たとえ終わらなくても、ひなちゃんの人生が、日曜で終わろうとしているのもわかった。
ひなちゃんの両親は、無理心中を計画している。父親は真面目で働き者だが、騙されて多額の負債をかかえてしまった。母親も節約を頑張り働きにも出たが、返せる額ではない。
追い詰められた両親は考えた末に、娘に楽しい思いをさせてから、家族三人であの世へ旅立とうしていた。
隣にいるひなちゃんは、そんなことも知らずに、嬉しそうにブランコをこいでいる。
その姿に心が痛んで、思わず尋ねた。
「君は、将来どんな大人になりたい」
ひなちゃんは、少し考えてから真面目な顔で答えた。
「みんなを幸せにする人」
「どうして」
ひなちゃんは、困ったように言った。
「わからない。でも誰かと約束したの」
そうか、君はちゃんとこの世に生まれる前に約束したことを覚えてくれていたのか。胸がじんわりと温かくなる。久々の感覚だった。
そのとき、頭の上から女の人の声がした。
「ひな、何しているの、そんなところで」
上を見上げると、少しやつれた面持ちの女性が、ベランダからこちらを覗いている。
「ママ」
「早く上がってきなさい」
ひなちゃんは、「はーい」と返事をして、ぴょんとブランコから飛び降りた。それから小さな声で少し残念そうに呟いた。
「じゃあ、おじさん、バイバイ」
そして、我が輩の膝の上にさっと何かを置くと、棟の入り口に向かって走っていった。
その姿を見送ってから膝の上に目をやると、黄色い紙に包まれた小さな飴が一つ置いてあった。
戻って長椅子に横たわる。結局、この世を終わりにするのはやめた。何も急ぐことはない。あの子が約束を果たすのを見届けてからでもいいだろう。
それに、この世をあと百年くらい延ばしたところで、誰も文句を言わない。なぜなら、我が輩は神だからだ。
借金の返済のお金も必要だ。宝くじで二億円当たるようにしよう。仕事帰りの父親に、明日が当選日のくじを買わせればいい。
そう決めると、別れ際にひなちゃんがくれた飴の包み紙をあけて、口の中に入れた。
そっと転がすと、口いっぱいに甘い味が広がって、とても幸せな気分になった。
(了)