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第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 お客様は神さまです 久野しづ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第7回結果発表
課 題

神さま

※応募数293編
選外佳作
 お客様は神さまです 久野しづ

 閉店まで残すところ三十分となった。金福百貨店山吹店店長、田中は今日も滞りなく無事終わりそうだと安堵のため息をついた。床に落ちている紙くずを拾いつつ、各売り場を見回っていた。そこへ女性店員の馬嶋奈々子が小走りに駆け寄ってきた。
「店長、困ったことが起こりまして」
 奈々子の報告では、お客様はVIPルームにいるということだった。
 田中は奈々子を伴い、くだんの部屋へ急ぐ。その間も田中は客に対してどう対応するべきか頭を働かせた。ドアに手をかけると同時に、奈々子にきく。
「お名前は伺ったのか」
「……カミサマ」
 奈々子は歯切れが悪かった。田中はカミという苗字だと受け取った。ドアを開け、室内を見渡す。
「誰もおられないじゃないか」
 怪訝そうに奈々子を見やる。奈々子は慌てて言った。
「いえ、おられます。……ソファの上に」
「ソファには誰も座っていないじゃないか」
 一日職務を全うし疲れていたこともあって田中は奈々子にイラついた。それでもソファに近寄ってみる。すると、その上に二十センチくらいの人形のようなものが立っていた。
「ようやく気付いたか。ワシはここじゃ」
 人形だと思ったそれは、一見仙人のように白い髪と髭を伸ばし、麻の着物を纏っていた。
「デパートというところは何でもそろうときいた。翼をなくしてのう。代わりの翼が欲しいのじゃ。それがないと天へ帰れぬ」
 田中はまじまじと小さい人のようなものを見た。本当の神さまか。確かに本物だろう。人のような格好、言動をし、こんなに小さいのはただ者ではない。田中にとって想定外のことだった。だが、持ってうまれた商売魂は忘れていなかった。田中はへりくだって神さまを接客した。
「さようでございますか。失礼致しました。お客様は神さまでお間違いは」
「ない! 翼が欲しいのだ」
「あいにく、私どもの店では扱っていない品でして」
 無難にお帰りいただこう、と田中は思った。ところが神さまは憤怒の情をあらわにした。
「もっと、偉いやつを呼べ。このデパートが傾いてもよいのか!」
 神さまを名乗るからには、例え小さくても、デパートを潰すくらいの力は持っているかもしれない。いや、きっと持ってる! 田中は焦った。奈々子に指示を出す。
「ただちに、全従業員に伝えろ。神さまが翼を所望なさっている。心当たりのある者は申し出るように」
 が、やはり、そんな者はそう簡単には出てこなかった。
 田中が思うには、あの神さまに誂える翼なら鳩の羽ぐらい。鳩を連れてきて、鳩に乗って帰ってもらうのはどうだろう。自分でもどうかと思うくらい、荒唐無稽なことを考えた。しかし、それを神さまに提案してよいものか迷う。何しろ、店の存続がかかっている。
 しばらくして、奈々子が報告に来た。
「パートの辻さんに心当たりがあるそうです」
 辻はこの店の清掃の仕事をしている七十代の男だった。
「それでその翼はどこにある」
 田中は一刻も早く解決したくて、辻を急き立てた。
 辻はのんびりと答えた。
「確か拾得物保管庫に天狗の羽が一そろえあるはずだ」
「天狗の羽? なんでそうだと分かる」
「本人が言ったからさ。『何百年も生きていささか老いた。もう空を駆け回るのもやめて山里にひっそり暮らそうと思う。この羽は欲しい奴にくれてくれ』と言うから、引き取った」
 保管庫に天狗の羽はあることはあった。けれども、神さまには大きすぎるサイズだった。
 何としても、この店を守りたい。これだけやったのだということを神さまに見せて納得してもらおう。
「あったか」
「はあ」
 田中はなるべく神さまの逆鱗に触れぬように天狗の羽を後ろに隠し持ってきた。
「私どもではこれしかご用意できませんでした」頭を下げ思い切って天狗の羽を差し出す。
「うむ」と神さまがうなった。「黒いが仕方あるまい」そう言うと、ぐぐぐ、と神さまの身体が大きくなった。羽をつけるとこれまたピッタリとあう。
 大きくなれるんかい! 田中が内心毒づく。
「当り前じゃ。ワシを誰だと思っておる」
 神さまは全てお見通しらしい。
「神さまもいれば、天狗もいるか……」
 田中は一人屋上で神さまを見送った。
「感謝する。この金福百貨店が百年繁盛するようにしておく」
「百年ですか」具体的な数字を神さまに言われて思わず口に出た。
「何だ? 永遠に、といって欲しかったか」
「そ、そんなことは思っておりません」
「冗談じゃ。世話になった」
 神さまは天狗の羽を広げて悠然と飛び去っていった。
(了)