第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 神様とゴッド 深見将
第7回結果発表
課 題
神さま
※応募数293編
選外佳作
神様とゴッド 深見将
神様とゴッド 深見将
久しぶりに日本の神様から誘いがあり、彼の行きつけの『居酒屋ともちゃん』で吞むことになった。カウンター席に座り、生ビールでまずは乾杯。大将が俺たちの注文した鶏ねぎまとハツを焼きはじめると、香ばしい煙が鼻をなでる。突き出しのツブ貝の煮付けを爪楊枝でぐりぐりしながら、神様はわかりやすく元気がない。気にかけてもらいたいのに自分からは言い出さない、そんな面倒くさいところが、彼にはある。
「で、なにか話したいこと、あるんだろ?」
「まあ、悩みというほどではないんだけどね……」神様はぼそぼそと話し出した。
聞いてみると、最近世間で『神』を使った言葉が出回っているが、その扱われ方がどうも気に入らないらしい。例えば、サッカーや野球での『神プレー』、クイズや大喜利の『神解答』、話題騒然になったテレビ番組やYouTubeの『神回』。こういった類いの言葉を見聞きすると、小馬鹿にされているような気分になって、神様としてのモチベーションが下がるというわけだ。
「ぷっ。相変わらずちっちゃいこと気にするよなあ、おまえは」
「ちっちゃいことじゃないって! 神を軽視してるじゃん、明らかに」
酒に弱い神様はすでに頬を赤くしている。
「あのな、神様。数年前に流行った『神ってる』って言葉あっただろ? 今はもう誰も使っちゃいない。ああいうセンスのかけらもない言葉はすぐ消えるんだから、言わせておけばいいんだよ」
「……でも、なんか嫌なんだよね」
焼きたての鶏ねぎまとハツにかぶりつくと、ジューシーな旨味が口の中で弾ける。ここのハツは特別にうまい。ビールが鶏の旨みを胃に流し込む、至福の瞬間だ。ふと神様を見ると、箸を使って焼き鳥を串から外している。なんだかイラッとして、俺はジョッキをどんと置いた。
「そんなこと言うなら、俺の国のほうがよっぽどひどいぞ!」
アメリカでは何かにつけて『オーマイゴッド』が飛び出す。サプライズのプロポーズに感激して『オーマイゴッド』、家に帰ったら飼い犬が部屋をめちゃめちゃにして『オーマイゴッド』、整形した友だちを見て『オーマイゴッド』、財布を忘れて『オーマイゴッド』、ゾンビを見つけて『オーマイゴッド』だ。乱用にも程がある。
「ゴッドはさあ、そんな扱いされて腹は立たないの?」
「俺はまったく気にしてないね。むしろ、身近にいると思われてる気がして、それはそれでいいんじゃねえの。忘れ去られるよりはマシだ!」
俺は器の大きいところを神様に見せつけてみた。彼は俺をうっとりと見ている。ふん、してやったりだ。
五杯目、ハイボールを吞む頃には、俺もいい具合にできあがっていた。神様はすっかり酔っぱらっておかしなことを聞いてくる。
「ねえねえ、ゴッドってどんな『オーマイゴッド』が好きなの?」
「どんなってか、まあ、そうだなあ……。シカゴのスミス家の話なんだけど、犬を飼いたがっているエマっていう幼い娘がいてさ。両親がクリスマスにサプライズ・プレゼントをしたんだ。でっかい箱を開けたら、生まれたばかりの子犬が入っていて、エマは大泣きよ。子犬をそうっと抱きかかえて言う『オーマイゴッド』はいいもんだったな」
「あっそれ、わかるわかるー。他には?」
「うん、あとは、そうだな。色を判別できない色盲ってあるだろ。フロリダのデヴィッドは色盲で、何十年も色のない世界で生きてきたわけだ。ある時、彼の家族が色を判別できる特殊な眼鏡をプレゼントした。その眼鏡をかけると、しばらく驚きと戸惑いで呆然としちゃってさ。目の前に置いてあるリンゴの赤、見上げた空の青、芝の緑……。モノクロみたいな世界が、突然色鮮やかな世界に変わるんだぜ、そりゃびっくりするよな。そうして、デヴィッドが涙流しながら震える声で『オーマイゴッド』って。あれは、見てるこっちも泣けたわ」
「それ、最高っすねえ」
神様はすっかり上機嫌だ。
そろそろお開きとするか。この店は、シメの一品もうまい。おすすめの鶏塩ラーメンを食べてみよう。神様は並盛り、俺は腹が減ったので大盛りでは少し足りない気がした。
「大盛りより、もっと量の多いやつ作ってよ」とお店の女の子に頼んだ。彼女は笑顔でうなずくと、厨房に向かいオーダーを通した。
「オーダー入ります! 鶏塩ラーメン、並盛りと『神盛り』ひとつずつでーすっ」
神様の表情が、再び沈んでいく。
「……やっぱり、なんか嫌なんだよね」
(まあ、確かに)
(了)