第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 苦しいときの神頼み れもんすい
第7回結果発表
課 題
神さま
※応募数293編
選外佳作
苦しいときの神頼み れもんすい
苦しいときの神頼み れもんすい
神さま、苦しい時にだけ、神さまどうかお助けください、とお願いするのはとてもずうずうしいことだと自覚しております。ごめんなさい。私はこれまでに三度お願いをしたことがございます。
一度目は、全寮制の高校に合格しますように、とのお願いです。何故かというと一刻も早く家を出たかったからです。父親は仕事が忙しく家にはほとんどおらず、母親が家事育児全てを取り仕切っておりました。私は母親と相性が悪く一緒にいると苦痛でした。母親は何でも自分で決める人で私の希望は聞かれたことがありません。洋服も頼んでいないのに勝手に買ってくる、自分の着たい洋服を言うと似合わないと否定される。髪型も自室のカーテンも枕カバーも母親が勝手に決めてしまう。母親好みの時代遅れの服を着て顔立ちに合わない髪型をして好きじゃない色のカーテン、嫌いな柄の枕カバーに囲まれて、さらに付き合う友達も決められて、毎日が地獄でした。この家にいたら気が狂うだろうと思いました。全寮制の学校を受験することを認められたので死に物狂いで勉強し合格を勝ち取り進学できました。私には弟が一人おりまして、そのころ弟は問題ばかり起こしていたので母親も弟の方に意識がいっていたので私の全寮制進学が許されたのでしょう。寮生活は規律が厳しかったですが私の心は母親の干渉から解き放たれて自由にのびのびとして本来の自分に戻れた感覚がありました。
二度目は、大学を卒業し中堅の食品会社に就職し職場で知り合った人と恋愛結婚したのですが、結婚してみてわかったことですがとても束縛し何でも一人で決めて命令し逆らうと激怒する人でした。心がすり減っていき苦しくなりました。そうです、元夫は母親と同じタイプの人間です。なんということでしょう、せっかく母親から自由になって距離をおいた付き合いが出来ていたのに自ら不幸を招いてしまうとは、私は愚かな人間です。離婚を申し出ましたがもちろんすんなりいくわけがございません。夜逃げして別居し仕事を探し、弁護士をたて離婚にむけて突き進みました。
神さま、どうか離婚できますようにとお願いしました。時間はかかりましたが、離婚することが出来ました。心からほっと致しました。これからは一人で生きていこう、一人が一番安らげるとわかりました。
三度目は、弟のことです。弟は、男だからということでしょう、母親は私ほどには弟に干渉しませんでした。それでも最終的な決断は母親がしていたでしょうし、弟は常に無言のプレッシャーを感じて息苦しかったのでしょう。中学生になって自分の髪をむしるようになりました。むしりすぎて剥げてしまった部分もあります。そのせいで学校にも行かなくなり引きこもり自室から出てこなくなりました。私は全寮制の学校、一人暮らし、と母親から離れることが出来ました。それは弟がいたからだと思います。弟は人質、身代わりです。弟に注意が向いていた時にチャンスとばかり自分だけ逃げたのです。自分が家を出てから弟と話もしませんでした。弟の心の闇に気づかないふりをしていました。子供に無関心な父、過干渉な母親と暮らす弟は外の世界に逃げることが出来ず自分自身に深く潜ることで自分を守っていたのでしょう。私の離婚が成立した後も自分の生活を立て直すことに必死で弟のことを考えることはしませんでした。生活が落ち着いた今、いまさらですが、私は弟のことをなんとか助けようと思いました。重い気持ちで実家に顔を出しましたが、母親は顔色が悪くずいぶんと老けこんでいました。そして自分の大変さや苦労を一方的に話すばかりです。弟と会って話がしたかったのですが会うことはできませんでした。弟は固い殻に閉じこもり出てこようとしません。消えたいと思っているのかもしれません。どんな精神状態なのでしょうか。
弟の体も心配なので健康診断を受けてほしいです。そのためには外に出なければなりません。でも、本人がこの閉じこもっている状態が幸せだと感じているならそっとしておけばよいのでしょうか。太陽の下、風を感じながら外を歩くことはなくても。もしかしたら、親への私への復讐のために閉じこもっているのかもしれません。どうか、神さま、弟が心身ともに健やかに、毎日を過ごすことができますように。
自分が困った時だけ神さまにお願いする私。神さまも呆れていることでしょう。弟のことは私が動かなければならないのに。私のことを恨んでいるのかもしれない。向き合うのが怖いのです。自分が背負いたくないのです。重すぎて。出来れば誰かにやってほしい。
私はやりたくない。家族から解放されたい。二度と関わりたくない。家族を捨てて身軽になりたい。
そんなところでしょうか。私には弟と母親と父親と向き合う覚悟と勇気が必要です。やりとげる力が必要です。どうか私に、とまた神頼み。
どうか神さま、これが最後のお願いです。壊れた家族の私達が一日でも早く天に召されますように。
(了)