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文学賞特集①:受賞する小説の条件1

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文学性が強く求められる文学賞では、単におもしろいというだけでは受賞しにくい。逆にエンターテインメント系の文学賞では、おもしろくなければ受賞はありえない。では、おもしろいってなんなのか。内容を聞いて、読みたい!と思ったり、読後に強い印象を残す作品とはどんなものなのか。今回はエンターテインメント小説を対象に、そのあたりを探っていく。

印象に残る小説

おもしろい小説とは?

「おもしろい小説を読んだ」と言ったときの〝おもしろい〞は実にさまざま。カミュ『異邦人』の不条理も〝おもしろい〞であり、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の大人社会の欺瞞に向けた毒も〝おもしろい〞。
また、ガルシア・マルケスのマジック・リアリズムも、クロード・シモンやロブ=グリエなどヌーヴォー・ロマンの作家たちが書いた反小説も文学的には〝おもしろい〞。
でも、それはそれとして、ここではこうした文学的なおもしろさのほうは脇に置いておき、文字通りの〝おもしろい〞、つまり、「ラストで思わず泣けたよ」とか、「あんな人生もあるのかと考えてしまったよ」とか、「愉快、痛快、奇々怪々」といった娯楽小説としての〝おもしろい〞について考えてみたい。

面白さの6大要素

小説の〝おもしろさ〞を支えている代表的なものを挙げれば、

  1.  文章(描写力)
  2. ストーリー
  3. 構成
  4. 設定(世界観/思想)
  5. 人物(キャラクター)
  6. 専門性(ウンチク)

の六つだろう。
この中でもっとも重要なのは「文章」だが、エンターテインメント小説の場合、「凝っている、変わっている、斬新」な文章より、「よく伝わる」ことのほうが優先されるから、一文のキレでは勝負できない。
では、どこで差がつくか。ストーリー? 構成?
それも重要だが、これらは料理で言えば手順のようなものだから、間違えれば大けがをするが、凝ったところで決定的な差にはならないだろう。では? 専門性? これはウリ(セールスポイント)にはなる。しかし、決定的なポイントではなさそう。
やはり、ライバルとの決定的な差となるのは「設定」と「人物」だろう。

設定が面白い

よく「ストーリーがおもしろい」と言うが、「誰が、どうして、どうなった」というのがストーリーであれば、それはどの小説も同じ。だから〝おもしろい〞と感じたのはストーリーではなく設定だろう。
たとえば、米澤穂信の『インシテミル』。その内容を文庫本から引用してみよう。

「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった――。

米澤穂信『インシテミル』

この設定を読んだだけで、「おもしろそう」と思える。この時点で半分成功したも同然と言っていい。
あるいは、角田光代の『八日目の蝉』。同作のコピーを引用する。

優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした。

 

こちらのほうは「おもしろそう」と同時に、「どんな人生だったんだろう」という心の奥深いところからわきあがってくるような興味まで覚える。
これも「設定の勝利」だろう。
もちろん、いくら設定がよくても、それを支える文章力、表現力がなければ「設定が台なし」と言われてしまうし、設定が斬新であればあるほど、その設定に説得力を持たせる筆力が必要となってくる。
しかし、いつまでも「ありふれた僕の等身大の日常」ばかり書いていてはハードルも上がっていかないから、少しずつでも、読んだ人が「へえ」とか「ほう」とかハ行で感嘆するような設定に挑戦してみたい。

キャラクターが面白い

設定やストーリーは忘れてしまっても、人物=キャラクター(の言動)は忘れられないということはある。
たとえば、谷崎潤一郎の『痴人の愛』。
「『痴人の愛』かあ、どんなストーリーだったかなあ」という人でも、主人公譲治がナオミの足を舐める(という性的嗜好がある)ことは忘れないだろう。それほどキャラクターは人の印象に残りやすい。
キャラクターについては別項を設けるので、ここではこれくらいにする。

設定が斬新ならキャラは並でも

図1は「設定」が斬新な小説を分析したもの。と言ってもいろいろあるが、これは一般的なモデルケースと考えてほしい。

スクリーンショット 2023-12-22 165915.png
図1 設定が斬新な小説の場合
設定が〝ありえない世界〞の場合は、設定に説
得力を持たせる筆力が求められる。


前述のように、設定が斬新であればあるほど、それに説得力を持たせる筆力(まとめる力、リアリティーを出す技術、人間洞察などを含む総合的な文章力)が求められるので、「文章」のポイントも高くなっている。
「ストーリー」「構成」「専門性」「キャラクター」のポイントも高いにこしたことはないが、一般的なモデルケースで考えると、全部傑出しているということはまずない。その必要もない場合もある。
たとえば、読み手としては、設定がおもしろく、シンプルに筋を追いたいのに、余計なウンチクがそれ邪魔したり、凝ったつもりか意味もなく章ごとに語り手を変え、誰が主人公か分からなくなってしまうとか。
「キャラクター」も同様で、まったく無個性では困るが、設定自体が際立っておもしろい場合は、そこにユニークすぎるキャラクターをもってくると、ちょっとうるさい。
たとえば、半村良の『戦国自衛隊』は、現代日本の自衛隊が戦国時代にタイムスリップするという斬新な設定だが、この設定を知った段階で読み手の興味は「戦国時代にタイムスリップした自衛隊はどう? やっぱり無敵だよね」というところに向く。
そこに(ちょっと極端な例を出すと)、主人公として「ルパンⅢ世」を出したらどうだろうか。
設定とキャラクターはシーソーの両端のようなところがあり(それは設定にもキャラクターにもよるのだけれど)、設定が際立っているのなら、キャラクターのほうは「控えめに個性的」といったぐらいにしておいたほうがいいかもしれない。

だとしてもキャラは必須

図2は、設定そのものは普通のエンターテインメント小説の場合。普通と言っても「おもしろくない」という意味ではなく、独創性は並ということ。

スクリーンショット 2023-12-22 170046.png
図2 設定が並の小説の場合
設定が並の場合は、それ以外の部分で、読後の
印象を強めるウリが求められる。


「そんな話、初めて聞いた」という設定はそうそう思いつくものではない。プロが書く小説でも、話の骨格そのものはみな「いつか読んだ話」とも言える。
では、どこで差を出すかと言うと、「専門性」と「キャラクター」となる。「専門性」というのは、普通の人は知らないような世界が描かれているということ。ありふれた設定であっても、その舞台が特殊な世界――警察、探偵、弁護士、医師など専門職、異世界などであれば、ありふれた話がありふれて見えなくなる。
もちろん、公務員、自営業、会社員が主人公でもいいが、「へえ、そうなんだ」と思わせたいなら、その世界(職業)に関するウンチクが求められる。たとえば、宮部みゆきの『模倣犯』に出てくる豆腐屋のご主人が含蓄ある言葉を語るように。
もうひとつ、話そのものはありふれていても、作品の印象を変えてしまうものがある。それが「キャラクター」だが、それについては別項に譲る。

 

※本記事は「公募ガイド2011年7月号」の記事を再掲載したものです。

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