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第27回「小説でもどうぞ」佳作 二十八世紀のノアの方舟 新拳

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結果発表
第27回結果発表
課 題

※応募数314編
二十八世紀のノアの方舟 
新拳

 国連超高齢者対策省計画室長のマモルは、あまりの責任の重さに押しつぶされそうになりながらも、仕事のやりがいという点でなんとか現職に踏みとどまっていた。
 2700年代初頭。いまや平均寿命は190歳を超えて、数年後には200歳に到達するのは確実視されている。当然、あらかたの病は克服されている。すなわち科学の力でほとんど不治のものではなくなったのである。
 当局の発表では、現在死因のトップは自然死すなわち老衰ということになっている。しかし、実際は自殺であることは、大方の市民は知っている。為政の失敗であるということを指摘されるのを怖れて、事実を明らかにしないのだ。
 マモルは、本当なら人々に思う存分長生きしてもらって、人生を謳歌おうかしてもらいたい。しかしそれは残念ながら、多くの困難が待ち受けているのだ。いくら寿命が延びても、人間の悩みは尽きず、貧富の差などの不公平感は埋まらない。ただだらだらと生き延びても、生きがいは感じられず、先にかの世に旅立った家族や友人に会いたいと願うようになっても不思議はないのであろう。
 あろうことか最近では、密かに撲滅されたはずの病気が見直されている。非合法に病原菌を調達する。そして、希望者にその病原菌を接種し、あとは治療せず、痛みなどの苦痛だけを取り除いて、死を待つ。今では博物館の標本でしか見られない病気。その中からなるべく苦痛の少ない、短期間で死ねる病を選んで、販売する闇の仕事が存在するのだ。そのような病の素は薬と呼ばれた。もちろん犯罪だが、本人たちは人助けだと言っている。しかも、かなりの報酬が期待される。それを当て込んだ怪しげな宗教まで出てきた。
 今日では、会社勤務の定年は140歳だ。当然ながら、押さえつけられ、チャンスを奪われている若年層との軋轢が増し、少子化も極端な形で進む。世界の出生率は1.7を下回る程度だが、高齢者がどんどん増えるために地球の人口は増加の一途をたどっている。
 一方、際限のない長寿を望む者も数多くいる。旧約聖書のアダムが亡くなったのは930歳、その子のセツが912歳だったことなどを挙げて、まだまだ長生きに対する行政の努力が足りないなどと彼らはいう。マモルは、この超長寿という人類史上初めての大問題に取り囲まれて、その職責を果たすことは能力的に無理ではないかと悩み始めた。時間はどんどん過ぎてゆく。問題の深刻さが報道されない日はないくらいだ。どうしたらよいのだ。
 彼は、思いきって施策を打ち出すことにした。それは、ハッピー・エイジプランと名付けた他惑星への移民計画。地球と似た環境の惑星は、前世紀までに数多く発見されていて、調査も進んでいる。そこに元気な超高齢者に移住してもらうのだ。この計画が国連で承認され、発表されると、大変な反響を呼んだ。賛成意見は、主として若い人たちの価値観に合わせずに、高齢者は自分たちの理想とする世界を作り、そこで思う存分生きることができる、というものだ。
 それに対して、さまざまな反対意見も提示された。代表的なものは、①若者が手を挙げた場合、認めるのか。超老人だけの特権にするのは許されるのか、②いったん、地球を出て行って、ホームシックにかかってしまうことも大いに考えられるが、自由に帰還を認めるのか等々。世間ではこれは現代版ノアの方舟だという者もいた。この施策は、洪水などの超自然的なものが原因ではないが、問題の多い地球から少数を救い出し、新たな人類の可能性を確かめるようなものだ、と。
 そうかといって、他の案は考えられない以上、この案をなんとか進めざるを得ない。マモルたちは、更なる具体案をまとめた。紆余曲折はあったが、最終的にハッピー・エイジプランは国連および各国の承認を得ることができた。
 2705年にはれて最初の移民船が出発した。しばらくは、地球からの手厚い支援もあり順調に推移し、好評を得ることができた。マモルもほっと胸をなでおろした。
 それから二十年。マモルは、ハッピー・エイジプランの支援業務に携わり、着々と実績も積み上げてきた。地位も局長に上り詰めたのだ。
 しかしこの頃、移住先の惑星から不穏な情報がもたらされるようになった。その星の食べ物、空気などが超高齢者を極端に元気にし、人々が戦闘的になってきたという報告。そこに強大な国家が誕生し、あろうことか地球を自分たちのものとして取り戻そうというスローガンを打ち立てているというのだ。そしてなんと、その第一陣として超高齢者による地球攻略隊が、惑星を出発したという一報が入った。
 それを受けた国連超高齢者対策省は凍りついた。マモルが局長の椅子から崩れ落ちる音が省内に響き渡った。
(了)