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第44回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第44回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第44回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回は齊藤想さんの作品を選ばせていただきました!
主人公の西山は几帳面で、日々さまざまな習慣を行っていた。ゴミ集積所の清掃、公園での太極拳、喫茶店での冷やし中華の注文や将棋、図書館通い、etc……。
淡々と描かれる西山の習慣。それらは地域の人々との関わりがあり、ただのルーティンとは一味違います。
どうなるのかなと思っていたら――。じんわりと胸の熱くなる素敵なラストでした。
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

習慣

西山芳太郎の習慣 
齊藤想

 若いころから几帳面で有名だった西山芳太郎の習慣は、朝の7時に始まる。
 目覚まし時計の必要はない。時間は体に刻み込まれている。西山が布団から体を起こすと、寝具を畳んで、部屋の隅に重ねる。南向きから順番に雨戸を開けて、ご飯と納豆と味噌汁の朝食をすませる。
 次に西山は玄関前の掃き掃除を始める。ついでに、すぐ隣にあるゴミ集積所の掃除もこなす。
 ゴミ集積所の掃除が終わるのが8時5分。その時間に合わせて、近所の紫パーマの老婆がゴミを出しにくる。
 紫パーマは、西山に丁寧にお辞儀をする。
「いつもありがとうございます。本当に助かります」
「いえいえ。一人暮らしの老人は特にすることがありませんから。これも健康維持のためなのです」
 西山はいつも、こう答える。
 掃除が終わると、西山は散歩をする。コースは決まっている。まずは、歩いて5分ほどのベンチとブランコしかない小さな公園に向かう。
 西山はベンチに腰を下ろすと、電線に並んで待っているスズメに袋を見せる。
「おーい、朝ご飯だ」
 西山が声をかけると、スズメがさっと地面に下りてくる。西山が米粒を撒くと、スズメは忙しそうに啄み始める。
 スズメも西山の習慣を知っている。だから時間通りに西山のことを待っている。
 西山がスズメの様子を見ながら、太極拳の練習を始める。ゆっくりと、舞うように動き続ける。
 しばらくすると、お日様に誘われたのか、近所の老人たちが集まってきた。一番熱心なのが、赤Tシャツの老人だ。赤Tシャツが西山に声をかける。
「今日も西山はんは精がでますなあ」
「いやあ、見よう見まねです」
「それだけ出来れば、立派ですわ」
 日が昇るにつれて、老人たちの数が増えていく。めいめいが自由に動き、それぞれが自分の時間で帰っていく。
「西山さん、それではお先に」
「西山さんのおかげで、今日もいい運動ができましたわ」
 西山は、自分が決めた動作を、決めた回数だけ繰り返す。西山は先に帰る仲間たちに、丁寧な挨拶を返す。
 いつも最後まで残っているのは、赤Tシャツだ。西山は赤Tシャツにさよならを告げてから、いきつけの喫茶店に足を向ける。
 西山が喫茶店に到着するのは11時30分。西山の時間に合わせて、喫茶店が開店する。
 西山はいつもの窓際の席に座ると、メニューを開くこともなく注文する。
「いつものを頼む」
「いつもの、ですね」
 オールバックのマスターが答える。
 しばらくして西山のテーブルに運ばれてきたのは、冷やし中華とコーヒー。西山は季節に関係なく冷やし中華を頼む。この喫茶店では西山のために、年中冷やし中華を提供している。
 西山は冷やし中華を食べ終わると、コーヒーを飲みながら新聞を開く。
 この商店街も寂れている。だが、この喫茶店だけはしぶとく生き残っている。
 西山が新聞を読み終えるのは、12時10分頃。この時間に合わせて、近所の将棋好きが集まってくる。
 はげ頭と髭ずらが、待ちわびたとばかりに西山に対局を申し込む。
「西山さん、一局指そうか」
「そな、その対局が終わったら、こんどうちとよろしく頼みますわ」
 西山は請われるままに、近所の老人たちの相手をする。西山以外も、みんなでそれぞれ将棋を楽しんでいる。
 西山は喫茶店で3局指す。3局目が終わると、ゆっくりと席を立つ。
「今日も勉強させていただきました。それでは、これで」
 はげ頭と髭ずらを中心とする仲間たちが、対局を一時中断して、一斉に頭を下げる。
「また、明日も頼みますわ」
「今度こそ負けへんで」
 西山はゆっくりと頷くと、喫茶店をあとにする。
 次の行き先は、図書館だ。到着時間は14時ジャスト。
 常連たちが座る席は決まっている。西山の隣は黒縁メガネだ。
 図書館なので声を掛け合うことはないが、お互いに読んでいる本を見せあう。ときには作者を確かめ、ときには試し読みもする。こうして、常連同士で本への造詣を深めあう。
 この図書館は利用者の低迷で、一時期は近隣図書館と合併する噂もあった。いまは常連を中心に利用が増え、閉館の危機は去っている。
 自宅に戻るのは16時だ。
 17時になったら雨戸を閉め、18時に夕飯を食べ、21時に風呂に入り、22時になったら布団を敷いて就寝する。
 そして、翌朝の7時に目覚める。

 西山が死んだとき、地域のひとはだれもが悲しんだ。そして、誰が決めたわけでもないのに、誰かが西山の習慣を引き継いだ。
 ゴミ集積所の清掃は、紫パーマが引き継いだ。スズメの朝ごはんと太極拳は、赤Tシャツの役目となった。
 西山が死んだ後も、オールバックのマスターは、冷やし中華の提供を続けた。はげ頭を髭ずらを中心とする将棋仲間たちは、喫茶店での将棋を続け、西山の意思を継ぐように年中冷やし中華を頼んでいる。
 図書館の常連軍団は、西山がいなくなってもそれぞれの指定席で本を見せ合っている。となりが空いた黒縁メガネも、新しくきた老人に、本を見せている。
 西山の習慣は、いつしか地域の習慣として引き継がれた。西山が抜けた穴には、いずれのグループでも新しい常連が入り、変わらぬ活動を続けている。
 西山の習慣は、地域の文化となった。
 今日もまた、西山の習慣が地域を動かし続けている。

(了)