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第27回「小説でもどうぞ」選外佳作 問いする病 二月ミツキ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第27回結果発表
課 題

※応募数314編
選外佳作 
問いする病 二月ミツキ

 今日も様々なことが気になる。
 なぜ、弟の右の小指は左の小指より五ミリ短いのか? なぜ、近所の川は二丁目から五丁目に向けて流れるのか? なぜ、駅前の横断歩道の信号はあんなに青の時間が短いのか?
「お父さん? なぜ、耳の後ろに変な骨が出ているの?」
 父は仕事へ出かける直前だった。額にうっすらと、細い線が浮かぶ。けどそれはすぐに消えるし、父はどんなときも、わたしに丁寧で優しかった。
「骨? どれだろう」
 わたしは父の耳の後ろに手を置いた。そこにポッコリと突き出している、突起の位置を指で触れて示す。
「本当だね。いわゆる、軟骨かな。マキにもあるんじゃないか?」
 わたしは首を伸ばし、彼の両手に頭を挟ませた。
「マキにはないみたいね。そろそろ行かないと」
 父はそう言うと手を振り、玄関のドアを閉めた。わたしは母の用意した朝食を食べて、着替えるとすぐに学校に向かった。
「なぜ、彼はずっと口を開けているのかな?」
「どれ? ああ、タカフミね」
 昼食中、教室の斜め向かいの席に座っている、隣のクラスの男子の顔が気になった。
「あいつ、確かにいつも口が開いてるね。虫とか入らないのかな」
 ナナコが言うとすぐに、窓から青い蝿が飛んできて、彼の顔のまわりをブンブン飛び回る。慌てて頭を下げた彼の顎が水筒に当たり、床にこぼれた水を避けようと、皆が大騒ぎで立ち上がった。わたしたちは彼がそのパニックのあいだもずっと、やはり口を開けているのを見て笑ってしまう。
「なぜ、笑って口を抑えるとき、小指の先を立てるの?」
 わたしが笑いながらそう尋ねると、ナナコは急にスンとした顔で、知らない、ただの癖だと思うけど、と言った。
「マキちゃんってぼーっとしてるようでいて、目ざといよね。もう少し、自分にも疑問を持ってみたら?」
 そう言われてわたしは驚いた。わたしは毎日、様々なことが気になる。そしてそれを口に出して、すぐに人に問う。けれどわたしは、自分にだけは疑問を感じなかった。自分がなぜそうするのか、なぜそうであるのか、自分で自分のことはすべて、わかっているから。
 しかしさっきのナナコの口調だと、わたしにもまだ、自分の知らないことがあるらしい。そうするとがぜん、それが気になってくる。部活が終わるとすぐ、ナナコに電話した。
「あ、ナナコ? わたしについて、問いがあれば教えて?」
「問いなんてないよ。マキちゃんはマキちゃんだし」
 まあそうだけど、とわたしは心の中で思った。わたしもわたしに対して、疑問に思うことがなにもない。
「一個気になるのは、語尾が全部『?』だよね。そうじゃない?」
 なるほど。わたしは確かに、いつも人になにか問うている。そうすると自然と、語尾は疑問符になるのだろう。
「相槌や返事にもすべて、はてなマークがついてるよ」
「そう?」
「うん」
「まさか?」
「ほら」
 電話を切るとわたしは弟の部屋に行った。
「ねえ? お姉ちゃんの語尾って、全部疑問形かな?」
「うん。全部」
 弟は暗い部屋で手もとの携帯ゲームに没頭しながら、学習椅子をクルクル回転させている。
「お母さん? わたしって語尾が、常に上がってる?」
 母は手元で揚げている天ぷらの、油跳ねに全神経を集中させていた。
「そうねえ。でもそれが、マキのいいところだから」
 父は仕事から帰るとすぐ、スウェットに着替えて、リビングでテレビを観ていた。
「お父さん? わたしって?」
 父は笑みを浮かべながらわたしを見て、小さなグラスに注いだビールを飲んでいる。
(了)