第28回「小説でもどうぞ」佳作 おさるの友情 船渡川広匡
第28回結果発表
課 題
誓い
※応募数272編
おさるの友情
船渡川広匡
船渡川広匡
ニホンザルが果実を
そのニホンザルはボスらしく、体が大きい。ボスの周りを小柄な数匹のニホンザルが取り囲み、彼が食べるのを見ている。
そのニホンザルの隣に、飼育員が座っている。飼育員はうつむいて、目を合わせずにいる。ニホンザルは変わらぬ勢いで果実を囓りながら、下を向いたままの飼育員を見る。
「食うか?」
話しかけられて、飼育員が気づく。見ると、果実を差し出したニホンザルがにっと顔にしわを寄せて笑っている。
「お前、話せたんだ」
「ニホンザルだからな。日本語は大丈夫だ」
ニホンザルがぐっと親指を立てる。
飼育員はそうか、と相槌を打って、それからまた落ち込んでしまう。ニホンザルが言う。
「食わないのか?」
「いや、いい……ありがとう」
「そうか」
二人の間に沈黙が流れる。
「どうした? 話なら聞くぜ」
ニホンザルが果実を遠くへ放り投げる。手下どもが叫び声を上げながら、我れ先に果実を取りに走っていく。飼育員が言う。
「俺、転職しようと思っているんだ」
ニホンザルが無言でどこか遠くを見ている。また沈黙の時間が流れていく。ニホンザルが言う。
「そうか、奇遇だな。実は俺もなんだ」
「お前もか」
ニホンザルがピンと来て、言う。
「なあ、俺たち、入れ替わってみようか」
はっとした顔の飼育員が無言でニホンザルの顔を見る。それから言う。
「それ、いいな」
「試しにちょっとやってみようぜ。その制服を脱げよ」
飼育員は上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着も全部脱ぐ。ニホンザルはそれを受け取って、順番に着ていく。
全裸になった飼育員は、その場に座ってみる。
「こんな感じかな。この後どうすればいい?」
「とりあえずケンカかな。王座を守り続けるのはけっこうきついんだぜ。まずはナンバー2と王座防衛戦だ」
屈強そうなニホンザルが現れた。
「ナンバー2です。それではお相撲をとりましょう。よろしくお願いします」
元王者で現在飼育員が言う。
「俺が行司をやってやるよ。はっけよい、残った!」
勢いよく組み付く二匹。がっぷり四つだ。若いナンバー2が押していく。元飼育員劣勢だ。そのまま投げられてしまう。行司の軍配がナンバー2に上がる。
地面にうっちゃられた元飼育員が、ひっくりかえったまま言う。
「……ニホンザルもけっこうきついのな……」
元王者で現在飼育員が言う。
「そうだぜ。だから、お前には考え直して欲しいんだ。お前がいないと我々は食事が出来ない。俺たちのために働いてくれよ」
「うん」
「俺たちのために働くと誓うか?」
「うん」
元王者は親指をぐっと立てて、言う。
「よし、決まりだ。これからもよろしくな」
全ての立場が元に戻った。
ボスザルは相変わらずの強さで群れを率いた。飼育員は熱心に餌を運んだり、園内の清掃に励んだ。
制服を着たニホンザルは来園者の人気を呼び、新聞の取材を受け、大きく紙面に掲載された。と同時に、勤勉な飼育員がなぜ全裸なのかは様々な憶測を呼んだ。