1週間で文章力を上げる!5:描写トレーニング


感情を表す言葉を使わない
たとえば、一人旅に行ったときの感想を「寂しかった」と書いてもかまいませんが、それだとどんなふうに寂しかったのかは分かりませんね。同じ「寂しい」にしても、三人いれば三者三様の「寂しさ」があってしかるべきで、それを「寂しい」だけで済ましてしまうと、三人とも同じになってしまいます。
それに、「寂しい」というような感情は本人には分かっても、相手には伝えにくいですね。
《一人旅に行った。寂しかった。》
さっぱり分かりません。
そこで、あなたが「寂しい」と感じたのなら、そのときの場面を再現し、読む人に追体験してもらいます。
《一人旅に出たが、極度の人見知りのため、三日三晩、誰ともしゃべらなかった。僕に話しかけてきたのは、場末の自動販売機ぐらいだ。だから東京に着いたときは、ティッシュ配りのお兄さんの呼びかけすら心に染みた。》
というふうに書くと、「なるほど、それは寂しかったでしょうね」と思ってもらいやすくなります。
実習課題
「切ない」と思った出来事を思い出し、その出来事を「切ない」という言葉を使わないで表現してください。
五感を働かせて
読む人は、文章に書かれたことを読むことで、筆者と同じ体験を追体験、疑似体験するわけですが、再現のとっかかりとなるものは何かと言えば、それは五感です。なかでも、視覚は重要です。
たとえば、「公園」というテーマで何か書くとしましょう。
《近くに自然公園があり、週末は必ず出かける。森の奥にある木のベンチが私の特等席で、早朝そこに座っていると、さわさわと揺れる葉の向こうから野鳥の声が聞こえてくる。昨日はチルチルミチルとメジロが鳴いていた。》
ここで書くときに使っているのは視覚と聴覚で、これを読む人も視覚と聴覚を働かせています。まさに文章は再生装置なわけです。
では、今度は五感を封印して書いてみましょう。
《公園と言っても国立公園のような自然公園もあれば、街中にある小さな公園もある。こちらは都市公園と言うそうで、そこにある遊具はブランコ、滑り台、ジャングルジムと相場が決まっている。昔はシーソーもあったが、一人で使えないためか最近ではあまり見ない。》
こちらのほうは五感が封印されたため、非常に理屈っぽいというか、頭の中だけで書いているような印象があります。
このような書き方をする場合もあると思いますが、描写の効果が求められるときに向いた書き方ではありません。
実習課題
あなたの目の前に「料理」があります。読んだ人においしさが伝わるように描写してください。
見てきたように書く
作家は「見てきたようなウソをつく」と言いますが、それは仕方ないですね。
SFやファンタジーでなくとも、作家は見たことも行ったこともない場所を書く必要に迫られます。そこが現実に存在する場所であれば資料を見て書く。架空の場所であれば、たぶんこんな感じだろうと想定して書く。つまり、想像力で補って書くわけです。
その際、本当なのか、ということはあまり重要ではありません。
たとえば、作品の舞台が架空の滝だったとして、その滝の描写があまりにリアルだったため、本当にあるんじゃないかと思って日本中を探しまわった人に「そんな滝、どこにもないじゃないか」と言われたとしても気にする必要はありません。大事なのは、本当にありそうだと思わせること。そう思わせられなければ読み手を話の舞台に連れていけませんし、読み手も行った気になれません。
逆を返せば、そんなクレームが来たのなら、あなたの描写力は相当なものということですね。
実習課題
アフリカにザンジバルという島があります。その島の様子がありありと分かるように描写してください。
細部を書く
読み手を話に引き込んでいくにはリアリティーが必要ですが、では、リアリティーはどこから来るかというと、それは細部ですね。
《久しぶりに父に会い、ずいぶん老けたなと思った。》
これだと具体性がないですね。
《還暦を過ぎた父と久しぶりに会った。目尻には皺が、頬には豆粒大の染みが二つあった。以前にはなかったものだ。》
このように、心の中を説明するのではなく、目に見える情景やしぐさ、表情を書くことで読み手に推測させます。
《「すみません、電車が遅れて」彼は見えすいたウソをついた。》
と書くよりは、
《「すみません、電車が遅れて」彼は「なんてね」と舌を出した。》
と書いてみる。そのほうが少なくとも絵が浮かびますし、読み手も「舌を出したということはウソなんだな」と想像する隙間がありますから、想像力を刺激されて楽しいのです。
実習課題
ある男女二人は険悪な雰囲気です。
人物の表情、しぐさを書くことで、彼らの心理を表現してください。
小道具を使う
小道具の使い方には二つあります。一つは単純に人物の心理や性格、属性を表しているという場合です。
たとえば、以下の二つを読み比べてみましょう。前者は典型的な説明です。
《栄子は太っていたが、同じ親から生まれたのに妹の好美は痩せていた。》
《お揃いのセーターを買ったはずが、栄子が着ると水玉が楕円になった。》
あるいは、金持ちと分からせるために光りものを持たせたり、その筋の男と分からせるためにいかにもという服装にしたりということもあります(あからさまにやるとセンスがないですが)。
一方、人物ではなく、作品そのもののテーマを象徴させた小道具というものもあります。
この3月で終わった朝の連続テレビ小説「カーネーション」は、カーネーションの花言葉「あらゆる試練に耐えた誠実」から付けられたタイトルですが、これもテーマを象徴する小道具と言っていいでしょう。
テーマを象徴する小道具は、その存在感ゆえタイトルになることもままあるのですが、こちらのほうの小道具は小さいとは限らず、たとえば、戦後の繁栄を象徴させるために東京タワーを扱うのであればこれも象徴的小道具です。また、人物そのものがテーマを象徴しているという場合は、その人物が象徴的小道具ということになります。
実習課題
小道具にテーマを象徴させ、掌編を書いてみましょう。小道具は大きくても、モノでなくてもOKです。
性描写は試金石
描写の中に嗅覚と味覚を入れると表現が豊かになるということはあるかもしれませんが、描写で使うのは大半が視覚で、ついで聴覚。
それ以外は意識しない限りはあまり感じないもので、たとえば会議のシーンでその必要もないのにやたらと「匂いがした」「味がした」と書いてあったら妙ですね。
一方、五感を総動員して書く描写もあります。濡れ場です。この場合、視覚、聴覚はもちろん、触れあえば触覚が働き、相手と接近しているので匂いも感じるでしょうし、舌を使えば味もします。
もちろん、描写ですから、心理や感覚を直接的に説明しては興ざめされますし、「なるほど」というリアリティーも「あるある」という共感も与えなければいけませんから、かなりの技量が必要です。
では、性描写はどのようにして練習すればいいかというと、実地で訓練する? それもいいですが、やはり一番いいのは性描写のシーンを読むことです。
そして、そこではどのような言葉が、どのように表現されているか、どの程度書いて、どの程度省略されているかということを調べてみましょう。
ただし、男性向けの官能小説はかなり直接的ですから、あまりお手本にはなりません。一般の小説の中に必然的に出てくる性描写を参考にしてください。
性描写を書くときに注意したいのは、書いているうちに書き手のほうが興奮してしまい、濡れ場がやたらと長くなってしまうこと。描写を書いている間は、物語の進行は止まっていますから、調子に乗って書きすぎてしまうと、読み手に停滞感を与えてしまいます。
それから表現に品がないのも困りものです。たとえば、身体の部位を指す言葉の使い方も、直接的すぎると野暮ですし、隠語のようなものもあざといしで、これもなかなかセンスが問われます。
また、言葉は上品でも「出会いました。ホテルに行きました」といった展開だと(どういう人物なのかにもよりますが)、「ありえないから」と言われてしまいます。
濡れ場には様々な感情が入り乱れますし、心理的な駆け引きもあるでしょう。そういう意味では、濡れ場がうまい人はなかなかの人間通と言うことができそうです。
※本記事は「公募ガイド2012年6月号」の記事を再掲載したものです。