公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

小説・エッセイ推敲のポイント5:受賞に近づく! 推敲力のつけ方(垣根涼介先生インタビュー)

タグ
作文・エッセイ
エッセイ
バックナンバー

読みやすいことが前提

――初応募作『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞を受賞されましたが、デビュー後、推敲のやり方は変わりましたか?

変わりませんね。基本は読みやすいかどうかだと思います。公募に出す作品はパブリックになるのが前提です。それを考えたら、読みにくい文章じゃ話にならないですよね。自分が読みやすい本を見つけて、どこが読みやすいのかを考えるといいです。共通点が何個か出てくると思います。

――先生ご自身は、どんな文章が読みやすいと思われますか。

僕自身は、文章はシンプルにこしたことはないと思っています。「石ころが転がっていた。彼はそれを拾った」と「彼は転がっている石ころを拾った」なら、前者の方が二文節に分かれるけど、読みやすいしリズムも出ます。お金を出して買ってもらう立場なので、読者になるべく負担をかけたくないんです。だけど、ちゃんと自分の言いたいことは言って、なおかつ楽しんでもらう。その3要素が大事ですね。

――小説を書く勉強はされたのですか?

してませんね。だから、最初の応募作『午前三時のルースター』は、半年くらい1行も書けなかったですよ。1行書いては消し、1行書いては消しを繰り返していました。何日も書き直しているうちに、やっと1行増えた、2行増えたとなるんです。その積み重ねですね。

――表現に詰まっても次々書き進めるほうですか?

僕は無理です。そこで止まって百回くらいため息をついて、ベッドに寝転がって、頭いてぇとか言う。ほかの本を読んで、またパソコンの前に行って、書き直して、ベッドに寝転がる……何やってるのかなぁって感じることもありますね。

――内容を削ることもありますか?

削ることもあれば、付け足すこともあります。書きながら推敲することもあるし、書き上げてから推敲することもある。いろんなパターンがあります。同じ状況って二度はないんです。

――改行や段落は、文庫本や文芸誌など、媒体によって違いますね。

僕の中でそれぞれのスペースにあった字切りがあるんです。パソコンの場合は、見えている範囲の字切りで改行しますね。
でも、ゲラになってきたときは違う段組みになっていますから、その際も字切りを変えます。また、文庫になったときも当然変えますし、雑誌連載のときも変えますね。

体質にあった文章を探す

――最新刊『光秀の定理( レンマ)』は初の歴史小説ですね。推敲の方法は変わりましたか。

基本は変わらないですね。やり方は一緒です。ただ、文章に気はすごく遣います。会話にしても「何々でござる」と言ったり、「では拙者これにて」と言ったりする。それに、現代小説なら必要のない説明も入れなくちゃいけないですしね。

――使う言葉が現代小説と全然違いますよね。

自分の文章のテンポ、リズムとかは崩したくないんです。でも、それを死守しようとすると、現代風のニュアンスになるところもあります。その辺はかなり試行錯誤しながら書きました。でも、人それぞれ話し方が違うように、文章にもそれぞれのリズムがあるんです。自分の体質に合った文章を見つけるのが一番先でしょうね。

――光秀の描き方が斬新で、全く新しい歴史小説という印象を受けました。

「本能寺の変」の結果は誰でも知っていますし、そこを描くと光秀の視点で書くことになります。でも光秀って失敗する人の話なので、彼だけの視点で書くと言い訳になるんです。だから光秀のイメージがじめじめするのだと思います。敗者は多くを語っちゃいけないんですね。

――光秀以外にも、新九郎や愚息といった登場人物がかなり活躍します。構成上の狙いは何だったのでしょう。

彼は、巨大な組織に入って出世していかないと一族を養えない人なんです。組織に組み込まれる立場を浮き立たせるためには、世間のヒエラルキーから外れた人間が2人くらいいたほうがいいと思いました。精神的に外れている人間と、技能的に外れている人間。彼らとの対比で光秀を際立たせたかったというのがあります。

――愛妻家で愚痴っぽく、すぐ泣く……

光秀のキャラクターが魅力的ですね。涙もろくて愚痴っぽいというのは僕の創作ですが、愛妻家だというのは史実です。彼は名家の出なので、男の子を残さないのは犯罪なんです。それでも側室を置かずに平然としているのは、当時かなり特殊だったと思います。奥さんに悪いと思ったんでしょうね。

――執筆に当たり、背景となる歴史観や仏教観をどう積み上げられたのですか?

作家デビュー以来、いつか歴史小説を書きたいと思っていたので、10年かけてたくさんの資料を読みました。平安末期から明治維新までの学術書をはじめ、仏教書も日本だけでなく原始仏教から押さえました。この時代、価値観がそれしかないので、仏教観は外せないんです。いわゆる、死ねば極楽浄土に行けるという価値観に支配されている世界です。

――その世界観をどのように描こうと思われましたか。

そこを明確に書くためには、極楽浄土なんてない、釈迦はそんなことを言っていないという、アンチテーゼを立てたほうが、時代がより際立つと思いました。そこで愚息を登場させています。否定ではなく、対照となる人物を置くことで、世相が浮き彫りになると思ったんです。

人に見てもらう重要性

――これから応募する人が推敲力を身につけるにはどうすればいいでしょう。

人に見てもらうことですね。僕はサントリーミステリー大賞に応募する際、半年前に仕上げて3人の友だちに読んでもらいました。1回目で真っ赤になった原稿を直して、もう一度見てもらいました。2回目は、さすがに「暇じゃないんだから」と怒られましたけどね。

――人に見せるのは勇気が要りますね。

応募する前に、誰にも見てもらわない人がほとんどなのが不思議です。恥ずかしいという気持ちがあるのかもしれませんが、最終的には世に出すものです。友だちに見せることくらいなんともないはずなんですよね。

――指摘を反映させるか否か、選択が難しいところもありますね。

カチンとくることもあるけど、1週間くらいすると冷静になれます。そこで正しいと思えたら直せばいいんです。また、納得いかないなら自分のやりたいように通せばいいと思います。アドバイスは受けるけど、最後は自分の責任でチョイスするべきですね。

――応募作は、早めに仕上げたほうが有利ですね。

僕は半年前に仕上げましたが、確実に受賞を目指すなら1年前じゃないでしょうか。1年あれば、10人くらいに見てもらっても余裕です。それだけ見せると、真っ赤になって返ってきますが、直すことでレベルが確実に一段上がります。それをまた10人に送れば、違う観点で返ってくるので、さらにレベルを上げることができます。そうすることで必ず受賞するとは限らないけど、確率は限りなく上がると思いますね。

 

垣根涼介(かきね・りょうすけ) 
2000 年『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞、読者賞をダブル受賞。04 年『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞受賞。『ヒートアイランド』『君たちに明日はない』『狛犬ジョンの軌跡』など著書多数。

 

※本記事は「公募ガイド2013年10月号」の記事を再掲載したものです。