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第30回「小説でもどうぞ」佳作 種も仕掛けも 天竜川駒

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
第30回結果発表
課 題

トリック

※応募数237編
種も仕掛けも 
天竜川駒

「種も仕掛けもありません。これらは全て超能力です」
 私はお馴染みの決め台詞を口にすると、片手に鳩を乗せたままハットを取って客席に一礼し、舞台袖へと引っ込んだ。
(今日は不入りだったなあ。お客はたったの五人か……)
 楽屋へ戻ると、出番を控えた芸人らでごった返していた。
 私はその隅の方で、客席最前列で終始大口を開けて寝ていた爺さんの顔を思い返しながら、舞台衣装から私服へそそくさと着替える。
『超能力』——いちおう表向きにはそんな風にうたってはいるものの、もちろんそんなものが使えるはずもない。もしか本当にそんな能力が私に使えたとするならば、今頃はきっと世界中を飛び回っていて、何もこんなちっぽけな寄席小屋でぽそぽそと手品など演じてはいないだろう。
「では、お先に失礼します」
 私は、わずか十五分にも満たない“今日の仕事”を終えると、商売道具一式の入ったキャリーケースを転がしながら、駅へと続く商店街をとぼとぼと歩いていった。

「あら、おかえり。今日は早かったのね」
 帰宅すると、妻が玄関で私を出迎えてくれた。
 自分で言うのもなんだが——いや、あえて自分で言うが、彼女は正真正銘の美人である。なぜ私のような無名の手品師が、このような高嶺の花を摘み取ることが出来たのか——それは、今から約八年前まで遡る。
 当時、妻は私が通い詰めていたキャバクラのナンバーワン嬢だった。
 いつしか彼女にぞっこんとなってしまった私は、それからその店に通う際には必ず服装を『性的興奮を高める色』とされる赤と緑で統一した。さらにはネットで見つけた『フェロモン香水』なるものを全身に吹きつけ、彼女と話す際には本で読んだ『オトすテクニック』を応用した。加えて、店外デートでは必ず遊園地に行き、絶叫系アトラクションのドキドキ感を私に対するドキドキ感と勘違いさせる『吊り橋効果』を利用し、隙を見ては彼女のドリンクに輸入モノの『惚れ薬』を混入した。
 結果、三ヶ月後には晴れて私たちは夫婦となり、今日までこのマンションで共に暮らしている。
 このように、私は超能力こそ使うことは出来ないが、手品師であるが故にちょっとした小細工を使うことは朝飯前なのだ。いや、むしろ超能力などというものは初めから存在せず、とどのつまり全てトリックではないかとさえ思っている。しょせん、この世に存在する物事は例外なく理屈で説明できるものであり、その逆など決してあり得ないというのが私の持論なのだ。
 軽くシャワーを浴びると、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ソファーに腰掛けた。ちらりとダイニングを見やると、こちらに背を向けて紅茶の準備をする妻の美しい身体の曲線が見えた。一口、二口とやっているうち、徐々にムラムラした気持ちが下半身の方から湧き上がってきた。
「今日もお疲れさま」
 ティーカップを持った妻が笑顔でやってきて、私の隣に座った。
 次の瞬間、私は彼女の豊満な身体を抱き寄せ、その肉厚な唇に自らのそれを重ね合わせた。
 そのまま寝室へとなだれ込み、ベッドの上でむさぼるように妻の身体を味わった。本能では彼女の中で果てたかったが、そこはどうにか理性で持ちこたえ、外で終えた。
(しょせん、今の俺の稼ぎじゃな……)
 出来れば二人の愛の結晶を望みたいところだが、経済面を考えると現実的に厳しい。そもそもこの結婚生活だって、キャバ嬢時代の妻の貯金を切り崩して、かろうじて成り立っているのだ。現在だって、妻は週に五日はレジ打ちのパートに出て、家計の手助けをしてくれている。
(やっぱり、二人目は難しいか……)
 絶頂に達したまま放心状態の妻の傍らで、仰向けになりながらぼんやりと考えていると、玄関の方から“一人目”の「ただいまー」という声が聞こえた。
 私たちは急いで服を着ると、何事もなかったかのように寝室を出て、彼を迎えた。
「あれ? パパ、今日は早いね。ママとお昼寝してたの?」
「う、うん、まあな……」
「あのね……ほら、これ見て。今日、国語のテストで百点取ったんだ」
「おお、凄いな。ついこないだも算数で百点取ったばかりじゃないか」
 小学二年生の長男は、勉強が苦手だった私とは正反対で非常に優秀である。おまけに運動神経も良いし高身長だし美男子だし、私とは何一つとして似通ったところがない。しかし、間違いなく私と妻の息子なのだ。
(鳶が鷹を産むとはこのことだな。いったい、妻はどんなトリックを使ったのだろう……)
 プロである私の目を欺くとは、妻もなかなかのマジシャンである。
 これまでにも何度もそのことを問い詰めてきたが、彼女は未だにその“種”を私に明かそうとはしない。
(了)