第30回「小説でもどうぞ」選外佳作 どうやって入った? 高橋大成
第30回結果発表
課 題
トリック
※応募数237編
選外佳作
どうやって入った? 高橋大成
どうやって入った? 高橋大成
豪華な一軒家の中の一室に、ひとつの遺体があり、その脇にふたりの男が立っている。ふたりの男は足元に倒れている遺体を挟んで話している。
「被害者は林三郎、四十五歳、株式会社ハヤシクリエイティブの社長です。ハヤシクリエイティブは広告代理店で、CM制作やイベント運営を手掛けています」
ふたりのうちの一人、水野が言った。もう一人の男、金田が頷いて先を促した。
「死因は首を締められたことによる窒息死です。締めるのに使われたのはコーヒーメーカーの電源コードです。遺体の脇に落ちていました」
金田は置いてあるコーヒーメーカーに目をやった。六桁はする海外の高級メーカーのものだ。自分の給料では手が出ない、と金田は思った。
「林の経営するハヤシクリエイティブでは、林のパワハラの訴えがあとを絶たなかったそうです。林は、訴えたのが具体的に誰なのか明かすよう、人事総務の担当者に圧をかけて突き止め、その社員に手をあげることもあったそうです」
「動機がある人間は多そうだな」
金田は言った。水野は頷いた。
「気になるのはここからです。殺害されたと思われる時刻、林は家にひとりでしたが、玄関や窓を含め、人が入れそうな場所はすべて施錠されていました」
「ふむ」
金田は言った。水野は続けた。
「林はかなり用心深い性格だったようです。玄関の戸には鍵がふたつあり、チェーンもかかっていました。すべての窓には防犯システムが組み込まれていて、システムが作動しているときに窓を開けたり割ったりするとブザーが鳴り、防犯会社に連絡が行きます。ですがそもそも、どの窓も割れていませんでしたが」
「密室だったわけか」
金田は言った。
「ええ。林の知り合いによると、林はよく『おれはいろんな人間と付き合いがあるからな。友達ばかりじゃない』と言っていたそうです。知り合いいわく、良くない人間とも付き合っていたのではないかと。だからこそ防犯には人一倍気を使っていたと思われます」
「考えられる侵入経路は?」
「唯一可能性のある場所としては外から地下駐車場に入る裏口です。そこは鍵がひとつしかなく、外側だけでなく内側からも鍵がないと開かない特殊なしくみになっています。玄関は鍵ふたつにチェーン、窓はすべて防犯システム、可能性が高いのは裏口でしょう。合鍵を作って侵入したのかもしれません。ですがこれもすこし問題が」
「どんな?」
「鍵はディンプルキーと呼ばれる鍵でした。ディンプルキーは複製が極めて困難で、最近はディンプルキーが多いそうです。そもそもその鍵すら、金田は常に身につけていました」
「うーん」
金田は天を仰いだ。水野も同じように上を向いた。まるで自分たちを見下ろしている誰かを見上げているかのようだった。
「どうやって入った?」
「林は社員を自宅に招いて、よく飲み会をやっていました。飲み会に呼ばれた社員かもしれません」
「それならその社員はまだこの家にいるはずだ。おれたちが入ったときは誰もいなかっただろ」
「ええ」
水野は足元の林を見下ろした。
「誰もいませんでした。林以外は」
水野のその言い方に、言外の含みを金田は感じた。金田は咎めるように水野を見た。水野は面白がっている表情を隠しきれていなかった。
「おい」
金田は言った。
「気をつけろ」
「大丈夫ですよ。もう千二百字くらいですから、あと少しです」
金田は黙った。これ以上なにか言うと、水野が決定的なことを言いそうだった。水野は林のそばを離れ、高級コーヒーメーカーを調べ始めた。
「どうせ味もわからないくせに、こんなものを使いやがって。おれたち社員には……」
「おい」
金田が言った、その時だった。パトカーのサイレンが外から聞こえてきた。確実にこの家に向かってきている。
「くそっ、誰が通報しやがった」
水野が言った。
「決まってるだろ。読者だよ」
金田は言った。
「勘が鋭いな」
「今月のテーマは『トリック』だぞ。読者は今から読む小説のトリックを見つけてやろうと意識して読むはずだって、言っただろ」
「分かってますよ。でも密室トリックと見せかけて『信頼できない語り手』トリックを使って、おれたちを刑事だと思い込ませようって言ったのは金田課長じゃないですか。やっぱりすぐばれた」
「お前が油断して余計なことを言うからだ。いいから逃げるぞ」
金田は一番近い窓を開けた。途端に防犯システムが作動し、耳を
(了)