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第31回「小説でもどうぞ」佳作 パステルカラー ピーマン

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小説・シナリオ
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小説でもどうぞ
第31回結果発表
課 題

ありがとう

※応募数253編
パステルカラー 
ピーマン

 もっとスムーズに言葉が出てきていたなら、私の人生も大きく変わっていたのだろうか。
 人前で言葉に詰まってしまう私。だから、たびたび誤解もされたし、後悔もたくさんある。とりわけ私が後悔しているのは、高校生の時の……。

「鈴木さん!」
 突然の、しかも男子からの急な呼びかけに、私は一瞬ビクッとして、持っているゴミ袋を落としそうになった。
 声のしたほうを振り返ると、同じクラスの田中くんだった。
「それゴミ捨て場まで持っていくんでしょ」
「……」
「俺、行ってくるよ」
 私が返事に戸惑っていると、田中くんはニコッと笑い、私の手からゴミ袋を取り、そして颯爽とゴミ捨て場のほうへと向かっていった。
 私は言えなかった。
『ありがとう』そのたった一言が、喉につかえて出てこなかった。
 次の日から、私は時々、田中くんの姿を目で追った。私のことを気にしている様子は特になかった。別に気にしてほしいわけではないけれど、少し残念に思った。
 お礼も言えなかった私のことをどう思っただろう。怒っているかな。嫌われたかもしれない。
 この出来事は、卒業までの数か月間、私の心の中に、しこりとして残り続けた。
 私は特別な事情がない限り、基本的にクラスの誰とも接することがなかったし、田中くんと接したのも、あれが最初で最後だった。
 結局、そのまま卒業を迎え、私は都会の大学へと進学した。特に行きたい大学があったわけではないが、とにかくこの土地を離れたかった。その理由だけで進学先を選んだ。
 不思議なことに、私の言葉の詰まりは徐々に改善されていった。とはいえ、あくまでも前の私と比べて、というだけで、はたから見れば、まだまだコミュ障の域を出ないだろう。
 なんとなく大学生活を送り、その流れのままなんとなく就職した。
 両親からは地元で就職することを勧められたが、私はそこに戻る気は一切なかった。
 数年が過ぎ、私は大学時代の数少ない友人から紹介された人と結婚した。
 私は迷わず向こうの苗字になることを選んだ。奇しくも、その苗字は田中であった。
 その後、私は二人の子を持つ親にもなった。
 私が結婚して子供まで持つなんて、天地がひっくり返ってもありえないことだと思っていた。自分自身に対し、とても驚いたけれど、それ以外は私の人生に特別大きな出来事はなく、凪のような静かな日々を毎日繰り返した。
 そんなある日、母から電話がかかってきた。
 聞くと、高校の同窓会の話だった。
「卒業から二十年か」
 私はぽつりとつぶやいた

 独特の雰囲気だった。やはりここは私の来るべきところではないとすぐに悟った。
 誰も私のことを覚えていないし、私が抜けても誰も気が付きもしないだろう。
 早々に帰ろうとしたその時だった。
「鈴木さん、だよね?」
 私はびっくりして振り返った。
 田中くんだった。
「すぐにわかったよ」
 田中くんはそう言った。
 二十年ぶり、一度しか接したことがない。それなのに不思議と会話がはずんだ。
 私の苗字が田中になったことを伝えると、田中くんは斜め上に視線を向けたまま言った。
「そうなんだ。実はさ、俺、鈴木さんのこと好きだったんだよね。あの時、告白していれば、もしかしたらその田中は、俺の田中になってたのかな……なんて」
 沈黙が流れた。
「ごめん、ごめん。冗談、冗談!」
 田中くんは慌てて否定した。
 向こうのテーブルから田中くんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「俺、行くね」
 席を立つ田中くんを目で追いながら、私はもう後悔したくなかった。自分でもびっくりするくらいの声の大きさで呼び止め、そして伝えた。
「田中くん! ありがとう!」
 田中くんは、ニコッと笑い、そして同窓会の中に溶けていった。
 
 私は会場を後にした。
 きっとこの先、同窓会に参加することはないだろう。だけど、今日だけは来て良かった。心からそう思えた。
 私のモノクロだった思い出を、パステルカラ―に変えてもらえたのだから。
(了)