第31回「小説でもどうぞ」選外佳作 上出来のありがとう 龍地衆
第31回結果発表
課 題
ありがとう
※応募数253編
選外佳作
上出来のありがとう 龍地衆
上出来のありがとう 龍地衆
ねえ、アンタさ、もういい加減にしてよ。何回も言ったわよね。こういう時は、どうすればいいかって。まったくぅ学習しないんだから。ホント、頭がイカれてんじゃないの。聞いてるの? ちゃんと聞いてるなら、ウンとかスンとか言うものよ。えっ、何? はい、わかりましたって。何がわかったのよ。いい加減に返事すれば、この場を乗り切れるって思ってるんでしょ。そうはいかないわよ。私を甘く見てるんじゃないの。え、何? 甘く見ていませんって。その言い方が甘く見ている証拠だよ。あんたの返事は、イケてないね。もっと人間らしくなれよ。こっちがこんなに熱くなってるのに、アンタは涼しい顔してる。どうして私に怒られてるのか、ほんとは分かっちゃいないんだろ。いいかい、最初はこんなに熱くなっていなかったんだよ。アンタが私の言った言葉をスルーしただろ。覚えてるかい? 私がベランダに出て深呼吸して、それで、アンタに話しかけただろ。それを、近くにいたんだから聞こえたいたはずなのに、スルーしたんだ。聞こえていないフリをしただろ。それでまずカチンと来たんだ。まぁ、いいや。それは
いいか。私が話しているのは正論だ。人の話を聞いたら、ぜったいに反応するんだ。もし聞こえにくかったら、聞き直せばいいんだ。それが世の常、世間の一般常識なんだ。人と人がいる限り、コミュニケーションの基本はリアクションだ。スルーという優しい言い方をしてやったけど、ようするに無視したってことだ。アンタは私に無関心ですということを示したってことだ。えっ、私の最初の言葉が独り言に聞こえたから反応しなかったって、そう言うのか。この期に及んでまだ弁明しようというのか。また頭に血が昇ってきた。いいかぁ、人間っていうのは、誰かがいるときに、基本、独り言っていうのは言わないんだ。人はいつも答えを求めて言葉を発するだけじゃない。むしろ、答えなんて求めていない。覚えておきなさい。
ふう、疲れた。説教しすぎで疲れた。声には出さず、大きなため息をつくと、リビングの大型ディスプレイが明るくなり、そこに一人の白髪男性が現れた。
「ご苦労様でした。いつも難しいミッションばかりで申し訳ない。でも、こういう指導を出来る女性はなかなかいないんでね。今度の彼、シリアルナンバー5454号は、どんな仕上がり具合だ」
「あ、ちょっと待ってください」と説教した相手、男性型アンドロイドの後頭部に手を回し、スイッチをオフにする。
「そうですね。男女のやりとりの機微を理解するには、まだまだですね。でも、繰り返し学習をすることで、徐々に、女心っていうのも理解しはじめているような気がします」
「そうか。ユーザーの希望も多岐に渡っているからな。勝ち気な性格でモラハラパターンのきみの次に、明日、彼の相手をするのはメンヘラ女性だよ。まぁ、勤務時間内で、精一杯やってくれたまえ」
デイスプレイから男が消える。
アンドロイドの後頭部のスイッチをオンにする。さぁ、仕上げに入ろう。
「今日はいろいろなことを言ってしまったけど、悪気があってのことじゃないわよ。アンタにもっと良くなって欲しいから、人間らしくなって欲しいから、その一心から、言ってるんだから、誤解しないでよ。だいたい男なんてものは自分勝手が多いんだけど、無視、無関心がいちばん相手を傷つけるんだよ。そこんところ、しっかりとプログラムに組み込んでよね。私の仕事は、今日で終わり。明日から、またヤバい女性が相手をするけどさ。私のように丁寧に教えてくれないわよ」
「そうなんですね」
「そうよ」
「ありがとうございました」
心から、に見える感謝の言葉だった。
今回は、上出来だ。
(了)