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第31回「小説でもどうぞ」選外佳作 サプリメントA 田中ダイ

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小説でもどうぞ
第31回結果発表
課 題

ありがとう

※応募数253編
選外佳作 

サプリメントA 
田中ダイ

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、九十八、九十九、百と数え、私は膨らませた半透明の袋の口を慎重に金具でとめた。
 これでやっと三十袋か。明日までに百袋納品って、やっぱここブラックだよ。でもやんないと、最近みんな遊んでくれないしな。前にちょっとお金借りたくらいでさ。
 私は本社から送られてきた袋の束を苦々しくにらみつけた。
 そもそもはこれ、SNSで見つけたあれだ。
「安全、清潔、出社不要、年齢不問、出来高払い、自宅でできるアルバイトです!」
 そんなうまい話があるもんかと思いつつ、うっかり飛びついたのだ。まずは会社の案内動画を視聴するよう指示が出た。
「今回弊社では、画期的なサプリメント製造のために皆様を採用致します。その名も『サプリメントA』、AはありがとうのAです。古来、ありがとうという言葉には、人々を元気にする不思議なパワーが秘められています」
 ふむふむと私は画面に見入る。
「我が社では『純粋なありがとう』を成分分析し、独自技術によって結晶化することに成功しました。このサプリを服用すると、なんと周りからありがとうと言われたのと同じような幸福感、心の安定感がもたらされると報告されているのです」
 えー、そんなことある? と続きを見る。
 では業務内容の説明です、と画面に女性が現れた。そして例の袋に口をつけると、ありがとう、ありがとう、ありがとうと笑顔で連呼しだしたのだ。なんじゃこれ、と見ているとナレーションが入る。
「こうして、専用の袋に詰め込んだありがとうの言葉百回分が、サプリメントA一粒分の原材料となります。採用された皆様、ぜひ張り切ってありがとうをお詰めください」
 私はふき出してひっくり返った。なにこれ怪しい、怪しすぎる!と。でもなぜだか契約社員として登録し、今に至るのだ。
 専用袋の完成品は見た目からっぽで、膨らんだビニール袋と変わらない。
 ところがこれが、なかなか厳しい。
 最初、とにかく数を稼ごうと、私はありがとうを言いまくり速攻で本社工場へ発送した。だが後日、成分分析表と警告文が送られてきたのだ。一目見て私は腰を抜かした。
「成分内容に、問題が生じています。純度五パーセント、物欲六十五パーセント、眠気二十パーセント、惰性十パーセント。残念ですが素材としての条件を満たしておりません」
 あわわわ、と私は震えあがった。バレてる、正にこれ、私。しかも明細書を見ると、成分分析料、専用袋料として差し引かれているではないか。出来高払いのでの字もない。
 そういえば案内動画の最後に、黒と黄色の枠に囲まれた警告メッセージがあった。
「ありがとう以外の言葉を吹き込んだもの、あるいは不純物の多いものについては、買取不可となります。我が社の特殊探知機器により、厳重に検品されますのでお忘れなく」
 なんてこった、なんでわかっちゃうんだよーと私は頭を抱えた。
 しかしへこんではいられない。新しい袋も送られてきたし、次こそはうまくやらねば。
 私は袋の口を丁寧に持ち、あの女性のように笑顔でありがとう、ありがとうと言ってみた。でもやばい、次々と雑念が湧き上がってくる。だいたいありがとうどころか、みんな私の顔を見れば金返せ、だもんなあ……
 あーもう無理! と叫んで、私はサプリメントA、バイト、効率的とスマホで検索してみた。すると同じような人たちが案外いるらしく、あっというまにヒットした。
「孫をだっこしながらありがとうと言うと、純度九十パーセント確実ですよ」
 うーん、まず真似できないし。
「押しの写真、映像を見てると、尊さマックスで自然なありがとうが言えまーす」
 これ、私もやったけど途中でかっこいーとか言っちゃってダメだったのよね。
「ご先祖の供養が正統派でしょうね」
 えーと、自信ない。
 そんな中で私はついに、超有益な情報にたどり着いたのだ。
「会社が最重要視しているのは、不純物がない状態です。つまりありがとうの中身は無の境地、まっさらでも良いというわけです」
 なるほどーと私はメモをして続きを読んだ。
「でも、なかなかそれも難しいですよね。そこでお薦めする方法がこちらです。まっさらな『ありがとう』を毎日何度でも言ってくれるセキセイインコちゃんです。なんと今なら割引価格でお取引可能です!」
 は? と思いながらも、私は可愛いインコの画像に目が釘付けになった。
 これ、おかしくない? と頭の片隅で声がする。それなのに、セキセイインコが代わりにありがとうと言う姿を想像して、私は早くもうっとりとしはじめるのだった。
(了)