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第31回「小説でもどうぞ」選外佳作 最後の別れに 島本貴広

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第31回結果発表
課 題

ありがとう

※応募数253編
選外佳作 

最後の別れに 
島本貴広

 俺は母方の祖父に会ったことがなかった。父方の祖父は毎年正月になるとあいさつに行っていたから、顔もよく知っていた。一方で両親は母の実家には行こうとはしなかった。小学生のころ、なぜ母のおじいちゃんちへは行かないのかと聞くと、もう両親はいないからと答えられ、幼心に少しばかり悲しくなったのを覚えていた。
 ところが高校に入ったばかりのある日、突然母の故郷である九州に行くからついてこいと言われた。俺は心底おどろいて訳もわからないうちに飛行機に乗せられていた。
「母さんのじいちゃんもばあちゃんも死んでたんじゃなかったの」
「母はあんたが生まれる前に亡くなった、父は最近まで施設に入ってたの」
「そうなんだ。でも、なんでそんな嘘を?」
「いいからだまって着いてきなさい」
 母はそれ以上なにもしゃべらず、父に説明を求めて視線を向けてもうなずくだけだった。
 飛行機は二時間ほどで到着した。そこからは外祖母の妹の娘さんであるいとこ叔母が車を出して待ってくれていたのでそれで移動した。祖父の死後は彼女がほとんど手続きを進めてくれていたようだった。俺たち一家を乗せた車は葬儀場に向かった。安置所に行くと初めて祖父の顔を見ることが出来た。なんとも言えない気持ちでいるなか、母を見ると同じように無表情のまま祖父の遺体を見つめていた。
 その日の晩はホテルに泊まった。翌日、祖父は納棺されそのまま出棺、火葬されると言う。いわゆる直葬だ。てっきり通夜、告別式をやるものだと思っていたから俺は呆気に取られた。
 ホテルに荷物を置き、両親と近くのファミレスで食事をした。俺はどうしても母の祖父への態度が気になっていた。
「なあ、おじいちゃんってどういう人だったの?」
「知ったって面白くないわよ」
 母のすげない一言にかちんときた俺は怒鳴った。
「俺のじいちゃんだろ。少しくらい教えてくれよ」
 目の前の席にいた母はおどろいた表情を見せると、視線を俺から逸らした。
「おい、怒鳴るな」と父にたしなめられる。「ごめん」と謝るが、テーブルには気まずい雰囲気がながれたままだ。たまらず俺はドリンクバーを取りに行こうとしたら、母が口を開いた。
「ろくでもないひとだったのよ」
「そ、そうなの?」
「女遊びは日常茶飯事だし、借金はするし酒癖がわるくてお母さんにものを投げつけたり。それでお母さんは早くに亡くなったようなものと思ってる」
 俺は言葉が出てこなかった。絵に描いたような暴力亭主だったのだろう。
「本当はもう顔も見たくなかった」
 母はそう言うと手元でフォークに巻いていたスパゲティーを口に運んだ。それ以上は誰も何も言わなかった。
 翌朝は快晴だった。式は俺と両親、いとこ叔母夫婦だけの小さなものとなった。棺には祖父の遺品や花を手向けたが、その間も母は表情を変えなかった。
 火葬場で一通りの儀式が終わると棺は火葬炉に収められた。最後に火葬を開始する合図のボタンを押すことになるが、それは母が押すことになった。俺は、母はすぐに押すだろうなと思っていた。だが、一分、二分経っても母はなかなか押さなかった。職員が声をかけたが、母が何かを言うと、すぐに引き下がった。それでもなかなか押さないものだから、どうしたのと声をかけようと俺は近寄った。近寄り、声が出かかったところで母の声が聞こえた。
「ありがとう」
 母はそうつぶやくように言うとボタンを押した。振り返った母と目が合う。
「何、どうしたの」と言われ、「いや別に」と返した。
 祖父を嫌っていたはずの母がなぜありがとうと言ったのかはわからない。ただ母は祖父のすべてを憎んではいなかったのかもしれない。そう思うと少しばかり俺はうれしい気持ちになっていた。
(了)