第32回「小説でもどうぞ」佳作 人生の選択 白浜釘之
第32回結果発表
課 題
選択
※応募数306編
人生の選択
白浜釘之
白浜釘之
どこで選択肢を間違えたのだろうか。
人生は選択の連続だ。そのすべての選択に成功することは不可能に近いが、ある程度なら才能と努力で何とかなるものだ。
俺はお笑い芸人だ。高校を卒業し、幼馴染みの拓也を誘ってコンピを組み、大手事務所の養成所に入って腕を磨いた。
やがてお笑いライブで認められるようになり、TVにもぽつぼつ出られるようになった。
それというのも拓也の書く台本が面白いのもあるが、その日のライブでどのネタを演じるのかを選ぶ俺の勘が抜群に優れているのだ。
たしかに俺たちより面白いネタを持っている若手漫才師はごまんといる。
だけど俺たちのコンビはどの会場でも一番ウケた。俺が選ぶネタは的確に会場の客層にマッチしたからだ。
若手の有望株と目され、いくつかのコンテストで優勝し……それも俺が選んだネタが当たったからだ……と俺たちの前途は洋々だと思っていたのが、あるTV番組で披露したブラックジョークが問題視されてネットで炎上してしまい、慌てて謝罪のコメントを出したら炎上は収まったものの、今度はお笑い好きを自任する連中から「芸人としての覚悟がない」だの「日和見的だ」などの批判を浴び、すっかり総スカンを食ってしまった。
そこでほとぼりが冷めるまで仕事を休むことにしたのだが、これが完全に裏目に出てしまった。いざ復帰しようとしたときには俺たちが占めていた場所は他の若手漫才師に取って代わられ、俺たちはすっかり『過去の人』という扱いになってしまった。
こうなるとやることなすこと全てが上手くいかなくなる。すっかり自信をなくした俺たちはコンビを解散し、俺はすっかりこの世界から足を洗って、売れていたときの貯金で小さな飲食店を営むことにした。
幸い経営は軌道に乗り、チェーン店を数店舗まで拡大するなどそれなりの成功を収めることができ、結婚もして幸せな家庭を築くこともできた。それでも俺は心のどこかで芸人時代の選択ミスを引きずっていた。
干される原因となったTV番組のオファーを断ることはできなかったのか、ネットで炎上したときの対応を間違わなければ今頃は……高価なソファーに身を沈め、高級ワインを傾け、俺は自分が選べなかった人生を悔やみながら、やがて死の床に就いた。
「……いかがでしたか、今回の人生は?」
死後の世界に着くと、いつもの……生前はすっかり忘れていたが……死神が笑顔で俺を迎えてくれた。
「前半生は好きなお笑い芸人として、そして後半生は経済的に恵まれて生きることができて素晴らしい入生だったんじゃないですか」
「とんでもない!」
俺は言下に否定した。
「お笑い芸人時代の失敗をずっと悔やんでいる惨めな人生だったよ。夢を途中で諦めることがこんなに辛いものだとは思わなか。これなら貧しくてもずっと芸人を続けていればよかった」
「そうですか。しかしこの前の人生は一生を売れない芸人で過ごして後悔したのでは?」
死神の言葉で思い出した。俺はこの前の人生で確かに一生売れない芸人として生きたのだった。それはそれなりに楽しかったが、好きなものも食べられず、家庭を持つこともできない辛い人生でもあった。しかし売れるために客に迎合せず、自分たちが面白いと思うネタしか舞台に掛けないと自ら選んだ人生でもあった。その反動で今回は無意識に客に受けることを最優先で選ぶようになったのだろう。
さらにその前は拓也とは組まずに別の才能のある芸人と組むことを選択した人生もあった。芸能界で成功を収めたが、次第に周囲の人間が信じられなくなって最後は相方とも喧嘩別れし失意のうちに終えた人生だった。
そうだ、その前はそもそも芸能界を目指ず最初から金持ちになることを目指す人生を生きたこともあった。金を得ることはできても心から楽しいと思える人生ではなかった。
「いかがいたしますか? 人生をもう一度やり直してみますか」
死神が問いかける。
「ああ、もちろん。今度こそは選択肢を間違えずに完璧な人生を歩んでみせるさ」
俺は迷いなくそう答えた。何度でもやり直しがきくのだから完璧な人生を歩んでから次のステージに進みたいと思うのは当然だろう。
「わかりました」
死神は少しうんざりしたような声音で頷く。
「ではもう一度後ろの扉にお戻りください」
死神に導かれるまま俺は引き返す。
「それでは一万五千三百七十二回目の人生をどうぞ」
再び赤ん坊に戻りながら、俺はふと「無間地獄」という言葉を思い出した。しかしすぐにすべての記憶を失い、また新たな人生に向かって暗いトンネルを滑り降りていった。
(了)