第32回「小説でもどうぞ」佳作 ハラショー 矢野クニ彦
第32回結果発表
課 題
選択
※応募数306編
ハラショー
矢野クニ彦
矢野クニ彦
死刑の一覧表
①絞首刑
②電気椅子
③ガス殺
④統殺
⑤服毒殺
⑥その他
「源次郎さん、どれにするか決められましたか」
「まだ決めてないよ」
「明日が死刑執行日だから、今日中には決めてくださいね」
「ああ。ところでこの一覧表の⑥その他ってのは一体何だよ」
「①から⑤までの五つの方法が基本ですが、それ以外の希望があればってこと。いろいろ言ってくる人はいますが、費用や手間の問題があるから実際に行われたことはほとんどありませんが」
七十五歳以上の高齢者を死刑にする法律が施行されてから半年、千八百万人もの人数のため遅々とした進行具合だったが、長い目で見たら社会の活性化のためには悪い施策でもないようだった。九十五歳になる高橋源次郎もその対象の一人だが、多少の認知症と偏屈な性格のため担当の職員もてこずっていた。
「じゃ、その他にするよ」
「え! 具体的には?」
「切腹」
「はあ?」
「おまえ、切腹も知らないのか」
「いやいや、知ってますけど、何もそんな痛い目にあって死ななくても」
「そりゃオレの勝手だろ」
「そりゃそうですが、あれは自分で腹切った後に誰かに首を斬ってもらうんですよね」
「そうだよ」
「誰が首を斬るんですか」
「そのくらい用意しろよ」
「えー、仮に用意したとしても、腹を切った時点でもがき苦しむのでは」
「それで首を斬るんじゃねえか」
「まあ、そうでしょうが」
担当の職員は呆れた顔をしながら、上司に相談してくると言ってその場を離れた。
大勢の高齢者を収監する巨大施設ではあったが、各部屋三帖という狭さだ。高齢者ともなればそんなところに押し込められただけで、精神的にも参ってくるだろう。医者も多めに駐在しているが、死刑執行までの業務で気は楽だ。
担当の職員はしばらくしてから、また源次郎の部屋をノックした。
「源次郎さん、上司に相談してきましたが、明日の死刑、切腹でいいって言われました」
「ほう、そうかい」
「お時間は午後二時からでいいですか」
「ああ、何時でもいいよ」
「わかりました。それじゃ明日、午後二時から始めますから、よろしくお願いします」
「ありがとう。それで介錯人はいたのかい」
「上司の知り合いに高校の剣道の先生がいて、その人に頼んだら引き受けてくれました」
「そうかい、そりゃよかった。いろいろと面倒かけるが、よろしく頼むね」
職員が出て行った後、源次郎は鉄格子の付いた小窓から外を眺めては、小さくため息をついた。長い人生に終止符を打つときが来たという感慨深い思いでもよぎったのだろうか。
「源次郎さん、お疲れさま」
死刑執行の当日、予定時間の三十分前に担当の職員が妙な挨拶をしてきたと思ったら、早速、執行の場所に案内すると言う。
「いや、特に疲れもしとらんが、君の方こそお疲れさん」
「いやいや、源次郎さんは九十五年問も人生を歩んでこられてきて、最後は切腹されるんですからね。つい、お疲れさまの言葉が出てきてしまいました」
四十階建ての高層ビルの収監所、二十四階建ての部屋を出ると、源次郎は三人の職員に付き添われて最上階の広い部屋へと向かった。昔ながらの切腹場のセッティングはそれなりだったが、至って簡素。少し離れたところに介錯人らしき男が日本刀を片手に立っていたが、どこかで見たことのある職員で、剣道の先生であるはずもなく、しかも懐には銃を隠し持っているのを見破ると、ニヤリと笑った。
「源次郎さん、何がおかしいんですか」
「いや、別に」
そうつぶやく源次郎の目が急に赤く光り始ると、次にそこから赤い光線が放出され、四人の男たちに浴びせられた。男たちはバタバタと崩折れては焦げ臭い匂いまで漂わせてきた。
「高熱での炙りは⑥その他に分類かな」
いつの間にか人とは思えぬ形相に変わってしまった源次郎はそう言いながら、宙に浮き上がると、部屋の天井をすり抜けていく。
「いつまでもこんなことが許されると思うなよ、人間ども」
(了)