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第32回「小説でもどうぞ」選外佳作 親と子の選択肢 島本貴広

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小説でもどうぞ
第32回結果発表
課 題

選択

※応募数306編
選外佳作 

親と子の選択肢 
島本貴広

 天才博士の長男として産まれた響也は、博士が作った人型ロボットによって育てられた。母は響也を産んでから早くに亡くなり、父がひとりで育てることになったが、博士も仕事が忙しい身でその余裕がなかった。それで作られたのが育児ロボットのカイトだった。
 カイトは完璧だった。家事全般はもちろん響也の情操教育もほどこしてみせていた。響也もすっかりなついて、実親である博士よりもカイトのことをほんとうの親のように見ていた。
 カイトの作った夕食を食べながら大学生の響也は緊張していた。なんと言われるか怖かった。だが意を決して、なんとか尋ねる。
「なあ、カイト。俺は卒業したらどこに行くことができるんだっけ」
「響也はこのまま大学を卒業したら公務員か、もしくは大手商社に入れる確率は九十九パーセント以上です」
「公務員か、商社マンになったとしてそこで出世する確率は?」
「九十八パーセント以上です」
「そっか、じゃあそれ以外の道を選択するとどうなるんだ?」
 カイトは言われなければロボットとわからない目をこちらにむけじっと見つめてくる。響也は思わず身じろぎした。
「どうなのさ」
「中小零細企業に入れば倒産によりホームレスになる確率が三十年以内に九十九パーセント以上」
「……それ以外、たとえば役者とかは?」
「そうですね、どの道に進むかにによりけりですが、大概は同じ結果です」
 そう、と言って響也はため息をつく。カイトは未来のことを聞くと搭載された未来予測機能でどうなるかを教えてくれる。彼のいうことにはずれはなかった。中学生のとき、友だちとその兄貴とで車に乗って遊びに行くことになり、それをカイトに話すと「その日はいけません。交通事故に遭う確率九十九パーセント以上です」と言われた。だがパーセントでああだこうだと言うカイトにいい加減うっとうしさを感じていた響也は無視した。結果はどうだったか。突然の大雨に整備不良だったタイヤがスリップして対向車と正面衝突した。だれも死ななかったが、シートベルトをしていなかった響也は大けがを負って入院。それ以来、カイトが肯定しないことはやらなくなった。
 ごちそうさま、と言って自室に戻った響也はため息をまたついた。響也は、ほんとうは役者になりたかった。劇団に入って端役をしながら大学生活を送っていることはカイトも知っている。だからああ言われるのは反対されているのと同じだ。だけど、悔しいがカイトの言う通りになると思うと怖かった。
 響也は公務員試験を受けるとすんなりと合格した。このまま卒業して入庁すれば安定した生活が送れる。カイトのお墨付きなわけだから、なんの心配もいらなかった。だが子どもの頃、カイトに連れて行ってもらった華やかな舞台を見たあとから持った役者になりたいという夢を諦める選択肢は彼の中になかった。
「ごめんカイト。やっぱり俺、役者になる夢を捨てきれない」
「知っています」
 カイトの意外な台詞にはっとなって彼を見た。彼の目がいつもと異なって見える。
「ですが、その道を選ぶと失敗してホームレスになる可能性は九十九パーセント以上」
「一パーセントだけなら、なれる可能性はあるんだね」
「あなたが役者になれる可能性は一パーセント未満です」
「じゃあその一パーセント未満にかけてやるよ」
 響也待ちなさい、言うことが聞けないんですか。カイトがそう叫ぶ。彼の叫び声を聞いたのは初めてだった。響也はその声を無視して家を出た。

 それから十年が経った。響也は河川にかかる橋の下でダンボールを敷いて寝ていた。ボロボロの穢れた服は痛ましく、冬の冷たい風は容赦がなかった。
 そういえばカイトは俺が公務員などにならなければホームレスになると言っていたなと思い出した。ある意味で彼の言うことは当たったのだなと思い至った。家を飛び出して以降、カイトとは会っていない。
 響也が涙を静かに流すと「はい、カットです」という声が撮影現場に響き渡った。
(了)