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第33回「小説でもどうぞ」佳作 新しいペット 桝田耕司

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第33回結果発表
課 題

不適切

※応募数275編
新しいペット 
桝田耕司

 電車の中でペットカメラを確認する。やっぱり、ミケの姿はない。
 家の鍵を開けて、鼻をつまむ。少し前までは、女性っぽい部屋だった。
 ガサッ!
「ミケ!」
 返事はない。ゴミの山が崩れ落ちただけだ。愛猫が逃走して三か月、生活は荒れに荒れている。
「もう、嫌……こんな生活、死んだほうが……」
 ブラック企業のパワハラとセクハラに耐えられたのは、ミケがいたからだ。
 王子様はやってこない。売り手市場だった二十代前半と違って、三十を過ぎたら出会いがなくなる。婚活サイトを調べる時間もない。
 若さと夢を失った私の生きる希望は、拾った子猫ちゃんだった。二階の窓を開けっぱなしにしているのに、帰ってきてくれない。
「いっそのこと……」
 ミケがいない世界に未練はない。自殺サイトを検索する。
「……終活だけはしたほうがいいかなぁ」
 辞職して、自殺するところまでは決めた。問題はゴミの山だ。片付ける気力はないけど、家族に迷惑はかけられない。
「掃除屋か……」
 セレブや共働き家庭だけでなく、自殺者や孤独死への対応もしている。わずかばかりのお金を残しても意味はない。さっそく依頼をして、洗濯物の山に沈み込んだ。
「う~ん……」
 はっとして、時計を見た。いつの間にか朝になっている。
 メールで辞職の旨を伝えたことを思い出す。もう会社に行かなくていい。もうすぐ、すべての苦しみから解放される。自然と頬が緩む。
 インターフォンが鳴った。掃除屋だ。着崩れたスーツのまま玄関に向かう。
「こんにちは!」
 精気あふれる声に圧倒され、一歩下がる。未成年と間違いそうな童顔の男の子が、一人でやってきた。せめてメイクだけでも直せばよかった。
「カフェにいますので、終わったら連絡してください」
 羞恥心を隠すようにクールな声を作成し、ハンドバッグを持って外へ出た。
 公園のベンチに座り、ぼんやりと空を見上げる。秋風が火照ほてった顔を冷やす。
 ミケと出会った日も、今日のような快晴だった。木の葉が舞う木の下で、か細い声を出していた子猫は、五年間で立派なデブ猫へと成長した。
 恩も愛情も裏切られるのか。この世は地獄だ。早く消え去りたい。
「あぁ、そうだ。寒くなってきたし、もしかしたら……」
 激務をこなす自分を癒やすため、各所に設置したペットカメラを起動する。ミケが逃げ出してからは、チェック回数が激増した。鬼課長に遊んでいると勘違いされたことで、ノルマが厳しくなり、今に至る。
「あっ……」
 眉間に皺が寄る。急いで帰ろうとして思い直す。
 掃除屋が洗濯前のシャツを嗅ぐ。恍惚の表情を浮かべる。スカートに頬ずりした。パンツを頭にかぶる。ブラジャーの内側をなめた。
 愚行を繰り返してから、洗濯機に入れる。
「変態、でも……」
 背筋がぞわぞわする。オッサンなら訴えていた。しかし、若い男、しかも、イケメンだ。
 男の行動を観察する。掃除の手際はいい。
「うわぁ……」
 飲みっぱなしのペットボトルに口をつけた。もしかしたら、口紅の跡がついていたのかもしれない。
 ハンドバッグを開けて、鏡を取り出す。アラサーのオバサンが映っている。いや、若いころはそれなりにモテていた。胸も大きい。
「こんな私でも……まだ、需要があるんだ……」
 ポーチを取り出し、化粧道具をサササッと動かす。
「まだ、ちょっとなぁ」
 整えるだけでは面白くない。スマホで調べて、飛び込みでエステ施術を受ける。
 約束の時間が近づいてきた。ペットカメラで確認する。掃除はほとんど終わっているようだ。大型のゴミ袋が八個も並んでいる。缶やペットボトルの分別も完璧だ。
 マンションに戻り、部屋の前でブラジャーを外す。ワイシャツの胸ボタンを二つ開けた。
 インターフォンを押して、帰宅を告げる。
「お疲れ様、終わった?」
「あっ……はい」
 男の視線が定まらない。胸を中心に、黒目が右往左往する。
「へぇ~、ずいぶんと綺麗になったわね。ありがとう」
「どういたしまして」
「ねぇ、また頼んでもいいかな。指名はできるの。勝手がわかっているほうがいいでしょ」
「あっ、はい。名刺をお渡しします」
 厚紙を受け取り、名前を確認してから、胸の谷間に挟む。女の子の部分が濡れてきた。
 男からのアクションはない。
「また依頼するわ。あと、コレ、どうぞ」
 万円札を差し出す。
「あ、あの、お代は振り込んでいただいていますので……」
「チップよ。お小遣いにしなさい」
「あっ、ありがとうございます!」
 腰を九十度に折った。変態のくせして、礼儀だけは心得ているようだ。
「また依頼するわね」
「よろしくお願いします」
 手を振る男にウインクを返す。
 バタン。
「あはん」
 吐息が漏れる。腰が砕けた。心臓が激しく打つ。こんな経験、何年振りだろうか。
 部屋を散らかす。一週間くらいしたら、元通りだ。セクシーな下着はネットで買う。盗撮用の高性能カメラも必要だ。自分の家なら犯罪にはならない。
 保存した映像を何度も見直す。
「うふふふ、こんなペットが欲しかったんだぁ」
 ミケよりも癒やされる。駆け引きも楽しい。
「よし、仕事を探すぞ!」
 死ぬのはまだ早い。若い男を飼えるような、いい女になってみせる。
(了)