第33回「小説でもどうぞ」選外佳作 笑うと可愛い? 土屋大地
第33回結果発表
課 題
不適切
※応募数275編
選外佳作
笑うと可愛い? 土屋大地
笑うと可愛い? 土屋大地
堤久美子は、婚活パーティーの会場の雑居ビルのトイレにいた。
仕事辞めたい。
そっと呟くと、鏡に映る自分が疲れた顔で見返した。
「こういうとき、葵さんなら私も行きたいって言ってくれるのに」
先週、森万里子に言われたことが蘇ってくる。友人がよもぎ蒸しの体験に行ったこと、自分も一度行ってみたいと思っているが一人では行きにくいこと。コーヒーを飲む手を止めて森万里子が話し始めたので、久美子は頷きつつ相槌を打っていたのだ。だが、一緒に行かないかという提案だったらしい。
「あ、私でよければ、ぜひ」
「いいわよ、無理やり付き合わせちゃうみたいで悪いし」
森万里子はそう言って頬を膨らませた。
いえ、私もぜひ行きたいです、と食い下がるべきなのか、引き下がったほうがいいのか久美子にはよくわからない。
リアクションに困っていると「久美子ちゃん、もっと笑わなきゃ。笑っていれば可愛いんだから」と森万里子の声が飛び、久美子は作り笑いを浮かべた。
久美子は、都内のブティックに勤務している。そこは一階の店舗のほかに、一部の顧客を二階のソファのスペースで接客することもあり、森万里子もその一人だった。
気がつけば、店長になっていた。半年前、店長の葵が結婚退社をしたのを機に、そのポジションとともに、長年、葵を指名してきた森万里子の担当を久美子が引き継ぐことになったのだ。
そのあと、森万里子はダイエットの指導者が厳しくて大変だとか、新しいエステに通い始めたが、これまで通っていたお店からもラインが届くので、無視もできず両方に通うのがしんどいとか、脈絡なく話し続けた。
久美子はすべてに、精一杯明るくリアクションを取り続け、森万里子はなかなか話をやめなかった。
「久美子ちゃん、じゃあ、黒のスカートをいただこうかしら」
新作のスカートの入った紙袋を下げ、森万里子が店を後にすると、久美子は誰もいなくなったソファに深く身を沈めた。
店長になり、仕事が一気に増えた。向いていないのかもしれない、と思うこともしょっちゅうだった。なにより、最近、笑えなくなった。笑っていれば可愛いって全然、褒めてない。
結婚したい、葵のように。
久美子は婚活を始めることにした。仕事を終えた後、自宅とは反対方向の電車に乗り、仕事とは違うメイクをする。トイレの鏡を前に、にやっと笑ってみる。笑顔がぎこちない気もするけれど、なんとかできそうじゃないか。すべりだしは好調に思えた。
衝立てで仕切られたスペースに待機していると、男性が一人、入ってきた。男は境田と名乗り、久美子の隣にどっかりと腰を下ろした。
「ブティックに勤めてるんだ。へえ、店長?」
境田は、久美子の全身をじろじろと眺めたあと言った。
「じゃあさ、今日の僕の服、どうです? ひとつ採点してもらってもいいですか」
境田の眼鏡の奥で細い目が光った。口元はお手並み拝見、と薄く笑っている。
「いいですよ。まず、そのペンシルストライプのシャツ。デザインは悪くはないけれど、ちょっと若すぎ。あとは体型を選ぶかもしれない」
境田が目を見開いた。
「それから、スキニータイプのパンツもストライプですよね。こっちは黒字に白色なので、ブルーとホワイトのストライプのシャツと合わせるとちぐはぐな印象です。あと、先のとがった靴。これも履く人を選ぶし、少なくても今回は失敗です。軽薄な印象が強まるだけ」
久美子は大きく息を吸って続けた。
「なにより全体的に服が苦しそうに見えます。でも、襟のついているシャツを着ている点はマナーの点からはクリア。ジャケットも合わせればもっとよかったとは思うけど。だからトータルで三十点くらいかな」
久美子はここ最近で一番の笑みを浮かべた。
(了)