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第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 目のなかの虹 樺島ざくろ

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結果発表
第9回結果発表
課 題

友だち

※応募数343編
 目のなかの虹 
樺島ざくろ

 吾作を殺す。
 そればかり考えていました。
 吾作は小さな村に住む、年若い猟師です。そして、私の息子を撃った男でありました。
 あの日、夜になってもぼうやが帰ってこないので、私は村まで捜しに出かけました。風に乗って、どこからか火薬のにおいが漂ってきました。胸騒ぎが私の足を速めます。
 あちこち捜し回って、ようやくみつけ出したあの子は、うつぶせに倒れておりました。かたわらには吾作が呆然と立っていて、鉄砲から紫色の煙が細くもれ出ていました。
 かわいい息子でした。へへっと笑うと、スッと目が細くなりましてね。かわいくて優しくていたずら好きだった、私の大事なぼうや。野良とはいえ犬の子どもが、一体どんな悪さをしたというのでしょう。
 許せない。絶対に。
 気がつくと私は、後先も考えず吾作に飛びかかっていました。のど笛をみちぎってやる。そう思ったのです。
 けれどあと少しで牙が届こうかというときに、騒ぎを聞いた村人が集まってきました。
 やむなく私は退散しましたが、さあそれからです。吾作をつけ狙う日々が始まったのは。
 誰もいないときを見計らって、あいつを噛み殺す。私は、それしか考えられなくなりました。
 吾作の母親が昔、森で狼に殺されたと聞いてからも、それは変わりませんでした。
 もしかしたらあいつは、むじゃきに飛び出した私の息子を、狼と見間違えただけなのかもしれない。ほんとうは殺すつもりなんか、なかったのかもしれない。チラッと、そんなことを考えたこともありました。
 けれど、それがなんだというのでしょう? ぼうやを殺したことに、なんの変わりもないのですから。
 とうとうある日、絶好の機会がおとずれました。
 激しい雨が降ったあと、気まぐれにお天道さまが顔をのぞかせて、お天気雨になった日。
 あの男は傘をかかげて空を見上げ、のどぼとけをさらしました。田んぼのあぜ道。あたりに人の影はありません。
 私はすかさず襲いかかりました。吾作はぬかるみに足をすべらせてすっ転ぶと、あお向けに倒れました。ほっぺたに、みっともなく泥がはねておりました。そして組み伏せた私を下から見上げると、びっくりしたようにハッと目を見開きました。
 お前よくも、よくも私のぼうやを撃ってくれたね。同じ目に遭わせてやるから。
 不意をつかれた吾作の、無防備なのど。
 私の牙でひと噛みすれば、こんな薄っぺらい皮なんて、簡単に切り裂けるはず。今こそ復讐を果たすのだ。
 けれどそのとき、私は吾作の目のなかに思いがけず虹を見たのです。
 へへっと笑うあの子のまぶたのように優しい弧を持つ虹が、空を映した瞳のなかに光っておりました。
 それを見てしまったら、どうしたってもうとどめを刺すことなど、私にはできなくなってしまいました。
 気がつくと、私は泣いていました。
 なんの涙だったんだろう、あれは。今思い返しても説明がつきません。
 驚いたことに、吾作もどろんこまみれのくしゃくしゃ顔で泣きはじめました。ぬかるんだ道できらきらと雨に打たれながら、私たちは声を上げ、のたうち回り、地面をたたき。ふたりで思い思いに泣きました。
 やがて涙がなくなると、どちらともなく立ち上がり、なにごともなかったみたいにそれぞれの道を帰りました。ふり返ることはしませんでした。
 私は二度と、あの村に近づくつもりはありません。あの男に会うことは今後一切ないでしょう。
 けれど虹を見るたびに、今もぼんやり思い出すのです。不思議な涙をふたりで流した、あの日のことを。
(了)