第34回「小説でもどうぞ」佳作 伝説の勇者 K蔵
第34回結果発表
課 題
最後
※応募数233編
伝説の勇者
K蔵
K蔵
深淵なる地底の大空間。ゴツゴツとした漆黒の岩肌のあちこちから灼熱の蒸気が噴き出している。目の前には、真っ赤に燃えたぎる溶岩の川が大蛇のように曲がりくねり、地獄の釜のように沸騰した地底湖へと流れ込んでいた。
いまだかつて、このダンジョンの最深部にまで到達できた冒険者は我ら以外にはいない。
“勇者”と呼ばれるその男は、岩陰に身を潜め肩で息をしながら、共に戦った仲間たちとの長く困難な冒険の旅路に思いを馳せた。
この世界で、彼はすでに伝説上の人物であった。数多の凶悪なモンスターを打ち倒し、遂には魔王さえも討伐した比類なき実力と名声は、広く世界中に轟いていた。
だが今、そんな過去の栄光もすべて消し飛ぶほどの圧倒的な脅威が彼の喉元に迫っていた。古代より遥か地の底に眠っていたという、凶悪な溶岩竜が目覚めたのだ。
強大な魔力を持つそのドラゴンは地底の溶岩の海を泳ぎ渡り、いたずらに暴れては次々に火山を噴火させていった。
多くの町や村が押し寄せる溶岩に飲み込まれ、美しい世界は一変したのだ。このままではじきに世界は焼き尽くされてしまうだろう。
だからこそ勇者と、長く冒険を共にしてきた凄腕の仲間たちとが再びパーティーを結成し、溶岩竜のダンジョンに挑んだのは必然のことであった。
探索の果てに、やっと辿り着いた最深層の竜の巣。かつてない激しい戦闘の最中、瞬く間に倒されていく仲間たち。そして今、生き残り戦っているのは勇者ただ一人になっていたのだ。
と、その時、溶岩湖の中央が盛り上がり、
「ギィィィィィーン!」
甲高い金属音にも似た、咆哮が響き渡り、ドラゴンの口から炎のブレスが真っすぐコチラに向かって放出された!
黒煙を
「アンタと一緒に戦えてよかった……」
「後は、まかせたからな……」
「ずっと、好きでした……」
散って行った仲間たちの最期の言葉が、脳裏をよぎる。オレは勇者、彼らを無駄死にはさせられない。そして、愛すべきこの世界のために決してここで諦める訳にはいかないんだ。
溶岩湖から吹き付ける熱風を全身に受け止めながら、身を隠せる岩陰へと走り込み、必死に攻略法を練る。
剣も魔法も、あらゆる攻撃をその炎のブレスで跳ね返すドラゴンの猛威に、ここまで全くなす術がなかった。
態勢を立て直す、そのために出直すという選択肢はない。そう、もはや時間がない、世界の終末の刻限が迫っているのだ。
予期せぬ侵入者の存在に怒り狂ったドラゴンは溶岩湖を飛び出し、背中の大きな翼を羽ばたかせて空中を旋回している。
力の差が圧倒的過ぎた。地中だけでなく、空中をも制するなんて……いや、待てよ!
なぜ、自在に空を飛べるドラゴンが、これまで決して地上に姿を現さなかったのか? それはつまり、地上に出られない理由があるからではないのか?
日の光。太陽が苦手なのでは!
長いダンジョンを潜り抜けて辿り着いたこの場所は地底深くに位置しているはずだが、頭上には大空間が広がっている。そして、溶岩から発する淡い光を頼りに目を凝らすと天井は円錐状に狭まっていき、恐らく中央部が最も高い位置にあるのだろう。
つまりここは、火山の噴火口の真下なのだ。外界では正午の時間帯、太陽は真上に来ているはずだ!
意を決して立ち上がり、残された全ての魔力を勇者の剣に集中する。
渾身の力を籠め、上空に向けて一閃した剣から放たれた光の矢は、飛び回るドラゴンのすぐ脇をかすめて、さらに天へと向かう。
轟音が響き渡り、粉塵が降り注ぐ。天が割れた!
見上げると、遥か上空に大きく開いた天井の穴から眩しい日の光が降り注いできた。
途端に、我が物顔で飛び回っていたドラゴンは、悲鳴のような咆哮を発しながら溶岩湖の畔に墜落したのだ。
まさしく、強敵であった。本当にもうダメかと思ったが、僕は最後までやりきったんだ。
思わず溢れ出した涙を拭いながら、ディスプレイ右下の時計に目をやった。ちょうど時刻は深夜0時。突然画面は一枚の静止画へと切り替わると、簡素なコメントが表示された。
『オンラインゲームサービス終了のお知らせ。長い間、本当にありがとうございました』
六年か。万感の思いが込みあげてくる。こんなにどっぷりネトゲにはまったのは初めてかもしれない。
ベータテスト版からアカウントを作成し、今日サービス終了の時を迎えるまで一日も欠かすことなくログインしてきた。会社の飲み会もすべて断り、休日には部屋に籠もりきって一歩も外へ出ず、至福のネトゲ人生に全てを捧げてきたんだ。
でもこっちの世界じゃ、いい年して実家暮らし。もちろん彼女なんていない廃人ライフを満喫する兄を、妹は陰で『伝説の勇者』と呼んでいるらしい。ふざけんなよ。軽々しく勇者なんて口にすんなよ。
だけど、実際僕はこのままでいいのかな。もう戻れない世界の、熱い仲間たちとの冒険の日々が胸をかすめた。あいつらの本当の名前も顔も、性別さえも分からないんだよな。
「最後のオフ会、やっぱり顔出してみようかな」
思わずつぶやいた自分にハッとした。あの冒険の中で手にしたもの。ささやかな勇気が、少しだけ僕を変えてくれた気がした。
(了)