公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第34回「小説でもどうぞ」佳作 最後の予言 那雪想

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第34回結果発表
課 題

最後

※応募数233編
最後の予言 
那雪想

「あなたは一か月後に交通事故に遭います。生きていたいのなら、その日は家にいた方が良い」
 巷で『死を予言する子』と呼ばれているのは、十歳になる私の一人息子、コトハ。今日もコトハの特別な力で死期を教えられた人たちが有り難いと拝みながら帰っていく。相応の代金と、少しばかりの土産を置いて。
 息子に不思議な力が備わっていることに気が付いたのは、コトハが七歳の時だった。隣の家のおばあさんが、階段から落ちて死ぬと言い出したときは、何を言うのかと思ったけれど、その日の夜にコトハが予言したとおりになったのを知って、私はこれを使わない手はないと思った。
 女手ひとつで息子を育てるには、お金が必要だから。丁度良いビジネスだった。
「ねえ、お母さん」
「お母さん今ちょっと忙しいの。今日稼いだお金を計算しないといけないから、話があるなら明日以降にして頂戴ね」
「……わかった」
 死にたくないと思う人はやはり多いらしくて、コトハの予言を予防として必要とする人たちが後を絶たない。コトハと会話をする時間も減ったけれど、仕方がない。生きていくためにはお金が必要で、そのための仕事なのだし、あの子も十歳だから分別もついているだろう。
 いつも気が付くとコトハはどこかに行っているけれど、私は特に深く問いたださなかった。

「最近ね、公園でホームレスのおじさんに会うんだ」
 コトハは大事な秘密を打ち明けるように、夕食の席で私にそう言った。
「僕と遊んでくれるんだ。でも、そのおじさん心臓が悪いみたい。だからね、教えてあげたんだよ『病院に行かないと、半年以内に死んじゃうよ』って」
 たぶん、あの子からしたら、私に褒めてもらえると思ったのかもしれない。誰かのために役立てたことを。予言を聞きに来た人たちに感謝されるのが常のコトハは、母親である私にも褒めてもらえると思ったのかもしれない。
「はあ? 勝手に何をしてくれているの?」
 だけど、私の口からこぼれ落ちたのは、低く唸るような苛立った声だった。
「え……」
「いい? あなたのその力は、もっと役に立つ人間に与えるべきものなの。わかる? ホームレスだなんて、予言の代金も支払わない人間、予言を聞かせる価値もないのよ。会話をする必要もないわ。これからはちゃんと考えて行動しなさい、わかった?」
 私は捲し立てるようにコトハを責めた。カッとなっていたのが自分でも理解できた。言い過ぎたと思った時にはもう遅く、コトハは俯いたまま、黙って自分の部屋へ籠もってしまった。
 それからしばらくして、遂にコトハは私と会話をしなくなった。

「ねえ、コトハ」
「…………」
 何を話しかけても、コトハは口を開かない。寂しい目をしながら、私の横を通り抜けていくだけだった。
 寂しかった。
 私は初めて、話を聞いてもらえないことが、とても寂しいのだと気が付いたのだ。親としては遅すぎたことだけれど、とても寂しかった。大人の私でも寂しいのに、たった十歳の息子はどれだけ寂しかっただろうか。
 私は息子のことをちゃんと見てあげていただろうか。
 コトハの無邪気な笑顔を思い出せなくなっていたことに、今更気が付いた。
「……コトハ、ごめんね。寂しかったよね」
 閉められた扉に声を掛ける。それでも無視されてしまうかも知れないけれど、何も言わないよりは、きっと、ずっと良い。
「どうして、ホームレスの人に予言をしてあげたの? もう怒らないから、言ってほしい」
 前々からコトハは死の予言をあまり良く思っていなかった。どれだけ周囲から必要とされる能力だったとしても、他人の死期がわかってしまうのは本人として辛いことだったらしい。私はその気持ちさえも汲んであげられていなかった。
 数秒置いて、扉が開いた。コトハは俯いたままで小さく口を開く。
「死んでほしくないって思ったから。仲良くしてくれたんだ、おじさん。だから……死ぬ時期がわかれば、気を付けることができるんでしょう? だから、みんな僕の予言を聞きたいんでしょ。だから……」
 怒られると思っているのか、それともホームレスの男が死んでしまう未来を想像したからか、コトハの声は次第に震えていく。私は息子の頭を優しく撫でた。いつ振りだろうか、コトハの年相応の表情を見たのは。
「良い子で、本当に優しい子だね、コトハは」
 子供は親の所有物ではないことくらい、少し考えればわかることだったのに。生まれ持ったコトハの力は、コトハが使いたいように使えば良かったのだ、最初から。
「怒らないの?」
「うん、もう怒らないよ。コトハは好きなように予言の力を使って良いのよ。好きな人に予言していいし、誰とでもお話していいわ。ごめんね、お母さん厳しくしちゃって」
 喉の奥から絞り出すような高い呻き声を上げて、大きな瞳に涙を溜めたコトハが勢いよく私に抱きついた。小さく軽い身体だった。
「お母さん……!」
「なあに?」
「お金を払わない人にも、予言をしていいんだよね?」
「そうよ、これからは、あなたのしたいようにして良いのよ」
 私のその言葉に、十歳の幼い息子が、無邪気に笑う。
 そして、言った。
「お母さんはお金を僕に払わないから言えなかったけどね、最後の予言があるんだ」
「え?」
「今から家に強盗が入ってね、僕たちは殺されるよ」
 直後、窓ガラスが割られる音がした。
(了)