第34回「小説でもどうぞ」佳作 n回目の最後 蒼月
第34回結果発表
課 題
最後
※応募数233編
n回目の最後
蒼月
蒼月
これで最後にしよう。そう心に決めて購入を押す。ぐるぐると読み込み中の表示が回り、ストアからの最終確認が示される。一切の躊躇いもなく「はい」を押せば、ゲーム画面の左上に表示されるアイテム数は数秒の間を置いて一気に増加した。
何度目かわからない課金。推しがいるのだ。笑顔がかわいいイラストやかっこよすぎて思わず逆立ちできそうなイラスト、それにイベント限定期間限定なんてものもあるし、そのためならば仕方がない。私の生き甲斐なのだから。
……そう思っていたけれど。
「あんた、ちょっと、全然貯金してないじゃない」
同じようにゲームに明け暮れていた休日、空腹に負けてリビングへと降りた私目掛けて落とされたとんでもない威力の爆弾。ひらひらと見せつけるように開かれたそれは紛れもなく私の通帳だった。勢いよくひったくる。
「なに勝手に人の通帳見てんの⁉」
「あんたが置きっぱなしにしてたんでしょ」
そう言われるとそうだったかもしれない。昨日のことは、特に仕事で疲れきった夜のことはあまり覚えていない。とは言え、たとえそうだとしても人のものを勝手に見るなんて。
更なる抗議を続けようと見上げた母は、眉を吊り上げて、いかにも怒っていますという顔をしていた。
「だいたいなあに、これ、貯金どころかどんどん減ってるじゃないの! あんたそんなんでこれからどうするの? 堅実に生きなさいって、お母さん言ったわよね」
耳に
「あーはいはい、わかってます!」
まだまだ言い足りない様子が見て取れたので、空腹は我慢して自室に戻ることにした。お菓子くらいならあるし、ゲームをしていれば時間なんてあっという間に溶ける。寝静まった頃にでもまた食べに下りよう。
面倒だから鍵までかけて籠城態勢。学生時代ならいざ知らず、成人してからは室内へ押し入られるほど執拗に叱られることはないが、念のためだ。
スマホを手に取り、中断していたゲームを再開する。満面の笑みで推しが出迎えてくれた。癒やされる。
暫くしてゲームに一区切りついた頃、冷静になった頭が、けれども、確かに、このままではやばいなと思考を巡らせ始めていた。口
どうにかこうにか正社員として就職できたので滅多なことでは職を失う事態には陥らないとは思うが、人生何が起こるか分かったもんじゃない。病気や事故で入院とか……私の想像力の足りない頭ではそのくらいしか思い浮かばなかったが、ともかく、突然の出費がいつ降り注ぐかなんて神様にしか分からないのだ。
貯金、貯金かあ。先ほど奪い取った通帳を見つめる。ずっと少しずつ、それでも確かに増えていた金額が、ある時を境にぐんっと減っていく。給料が振り込まれて一旦は戻っても、またすぐ引き落とされていく。給料より多い月もあるため、結果的に総額は減少傾向だ。
幼い自分が母に褒められたくて必死に貯めたお金。もはやそんな純粋な心はどこにもなくて、そんなことで褒められたって仕方がない、自分のお金なんだから使いたいように使って何が悪いんだと思うようになっていたけれど、これでは私はいつかの私を踏み
よし、決めた。次の課金を最後にする。暫くはグッズの購入も控える。そして通帳の数字を全盛にまで戻す。
こうして最後の課金を終えた私はベッドに寝転んだ。ゲームをしていると推しが視界に映るし、ガチャを回したくなる。幸いにも先日のイベントが推しメインの話だったので、暫くは出ないはずだ。恐らく。
しかし、そうだとしてもまるで苦行だ。推しに、ひいては推しを生み出してくださった作家先生方に貢ぐことができないというのは。
そうして二か月が経った。運動も勉強も三日坊主で投げ出していた私にしては、有言実行できている。偉いぞ自分、鏡の前でぱんっと頬を叩いて気を引き締める。二か月分の給料によって多少なりとも通帳の数字は潤っている。まだまだ道のりは遠いとはいえ、これは幸先がいい。
通帳を鍵付きの引き出しに仕舞い、スマホを手繰り寄せる。なるべく最低限しかプレイしないようにすることで欲求を抑えていたが、ログインボーナスは絶対ゲットしておかなければ。
そうして開いたゲーム。最初に表示されたのは次のイベント情報。なんということだ、推しがメインとなっている。絶叫。
迎えたイベント初日。絶対に引きたい、なんとしてでもゲットする、来てくださいお願いします。そう祈って今あるガチャ用アイテム全てを注ぎ込んだ——結果は惨敗。
「ああ、これで最後にします」
神へ懺悔を捧げるように
(了)