第35回「小説でもどうぞ」佳作 レントゲン名人 桜坂あきら
第35回結果発表
課 題
名人
※応募数234編
レントゲン名人
桜坂あきら
桜坂あきら
町の住民が誘い合って来たので、さほど大きくはない会館の席はほぼ埋まった。
「名人を探せ」という番組の初めての公開収録なのだ。
素人参加番組では破格の賞金三十万円が話題を呼び、放送開始当初はかなり視聴率を稼いだが、徐々に飽きられたのか最近は低迷していた。今回は、視聴率低下を巻き返すためにスタジオを飛び出し、公開での飛び入り参加型を企画したのだ。
まったくの飛び入りで行うことで、意外性と滑稽さが期待できると考えたが、はたして番組として成り立つような人が集まるのか、その点が不安でもあった。
ステージに司会の芸人が登場すると、拍手が沸き上がった。名人に認定されると賞金はスタジオと同額の三十万円と伝えると、さらに大きな拍手と歓声が上がった。
司会者の声掛けで、登壇希望者の手が一斉に上がった。二十数名であった。
最初の女性がステージに上がり、まったく似ていないモノマネを披露した。
全員が芸の披露を終えたが、モノマネ、裸踊り、ケンダマ、暗算、失笑を買うばかりの漫談、それなりの一輪車、かなりのレベルではあるがただのカラオケのど自慢など。
どれも、番組が盛り上がるようなものではなかった。
「他にはおられませんか?」
司会者がそう声を掛けると、おずおずと言った感じで一番後ろの席から手が上がった。
いかにもうだつの上がらなそうな中年の男であった。
司会者は全く期待していない様子で、男を壇上に招いた。
「ありがとうございます。さて、今日は何を?」
「……を当てます」
「何ですか? もう一度、大きな声でお願いします」
「女の人の下着の色を当てます」今度ははっきりと聞こえた。
会場の客も、司会者も、一瞬意味がわからなかった。
「えっ? 下着の色ですか? 誰の?」
「女の人の下着の色。模様も見えます」
「女の人って、例えばこの会場にいる人? 女性だけ?」
「そうです。見えます。女の人だけです」
男がそう言うと、会場の中は大爆笑に包まれ、司会者も大笑いした。
「この会場の女性の下着が見えているのですか? 全部?」
会場からまた大きな笑いが起こった。
「ほんとならそれってすごいですね。でも、どうやって確認しましょうかねえ。あっ、そこの前列のお嬢さん、後で正解を見せていただけます?」
そう声を掛けられた高校生くらいの少女が、「いやー」と叫んだ。
「そりゃそうでしょうね」そう言った司会者は、少しの間考えるそぶりをした後、思い切ったように男に言った。
「では、この会場の中で、私が指名した人の下着の色と模様を当ててください」
男が頷くと、司会者は会場に向かって声を張った。
「女性の皆さん、誠に申し訳ないのですが、ご一緒に来たお友だちにだけちょっと確認のお手伝いをお願いできますか?」
会場のあちこちから笑いと拍手が聞こえた。
「それでは、さっそく指名しますね」
司会者は会場を見渡し、中ほどの席に座っていた二人組の女性に目を留めた。
「真ん中の黄色いワンピースの方。お隣の方はお友達ですね? もしよかったらご協力いただけませんか?」
そう呼びかけられた女性は、自分を指さして、「私?」という感じで司会者に目顔で尋ねた。司会者が頷くと、隣の友人に何か小声で話しかけた後、立ちあがった。
「素敵な方ですね。どうぞこちらへ」
二十代と見えるいかにも清楚な感じの女性がワンピースの裾をひらひらさせて、友人とともにステージに上がると、会場からはひときわ大きな拍手が起こった。
「勇気あるご協力に感謝します」
司会者はそう言って会場の笑いを誘うと、続けて言った。
「お二人には、番組から記念品をお届けしますね。では、早速始めましょう」
「さあ、レントゲン名人の透視能力は果たして本物でしょうか? では、名人、この女性の下着の色と模様を当ててください!」
会場は笑いで少しざわついたが、そのあと、期待の眼差しがステージの男に集まった。
男は舐めるような視線で下から上へと女性を見た後、はっきりと言った。
「ピンクに小さな青と黄色の花柄」
その瞬間、ワンピースの女性がまるで裸で人前に放り出されたときのように自分の身体を抱きしめる仕草をした。
「お友だちは、黒です」
男が問われもせずにそう言うと、付き添っていたジーンズ姿の女性はワンピースの女性の後ろに隠れた。
スタッフの誘導で、いったん舞台袖に消えた女性二人が、互いの下着の確認をし終えて、ほどなく舞台に戻った。
「さて、どうでしたか?」司会者が尋ねた。
「その通りです」二人が声を合わせてそう答えると、会場からは大きなどよめきが起きた。
男は賞金三十万を懐に入れ、会館を出た。仕事帰りの通りがかりにテレビ収録をしていたので何気なく立ち寄ったら、思わぬ賞金を手にした。
ふと頭に浮かんだ色柄を口にしたが、まさか本当に当たるとは思わなかった。
はずして笑いを取るつもりだったのだ。
最近、目の前を通る女の下着の色など想像して楽しんでなどいるから、自分でも自覚しないうちに透視能力が身についたに違いない。まだはっきりと目に浮かぶまでには至ってないが、いずれきっと色鮮やかに見える日が来るに違いないと思うと、男は何とも言えない幸せな気分になってきた。
男が浮かれて歩いていると、「待ってよ」と後ろから声が聞こえた。
振り返ると、あの二人がいた。
「おじさん、あんなでたらめで独り占めはないよね? 三人で山分けが当然よね」
(了)