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第36回「小説でもどうぞ」最優秀賞 寸法を測る 瀬島純樹

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小説でもどうぞ
第36回結果発表
課題

アート

※応募数263編
寸法を測る 
瀬島純樹

「おじいちゃん、何を作っているの?」
 美大に行っている孫娘のリクが納屋に入ってきて、そう訊いたときには、年甲斐もなくドキッとした。
 ここに閉じこもって作業に取り掛かると、いつものことだが、まわりのことが見えなくなる。
 別に秘密にしているわけではないが、意表をつかれたので、つい言葉に詰まってしまった。しばらく考え、笑ってごまかしながら、とぼけて答えた。
「さあて、何ができるかな」
 すると、リクが手に持っていたスケッチブックを広げて見せた。
「わたしも、今ね、学内のアートコンテストに応募するための作品を制作しているの」
 そこに描かれていたものは、一見しただけではとても理解はできなかった。
「これは、なんだ?」
「アート作品の設計図よ」
 リクは当たり前のように言った。
 確かに図形のかたまりや数字ばかりが並んでいて、設計図のようなものには見える。しかし、そもそもスケッチブックは絵を描くものじゃないのか。図形の組み合わせは分かるが、それが何を表しているのかは、さっぱり見当がつかない。今までの人生の経験だけでは、リクがこれからしようとしていることは見通せない。
 こっちの戸惑いは、見透かされていた。
「分からなくて当たり前よ。でも、おじいちゃんには分かってほしかった」
「なぜ、またどうして」
「だって、これは、おじいちゃんの等身大の人形の寸法なのよ」
「これが、わしの寸法か?」
 つい、眉毛を吊り上げてスケッチブックをのぞき込んだ。
「ほら、ちょっと前に、庭で写真、いっぱい撮ったでしょ、覚えてない?」
 もちろん覚えている。あのとき、リクはいろんなところから拾って持って帰ってくるゴミやガラクタの山のそばにわたしを立たせて、写真を熱心に撮っていた。
 いまから思えば、リクに「いいから、いいから」と庭に引っ張り出されて、カメラのレンズを向けられたが、いったい何のためなのか、分からなかった。孫に頼まれて、嫌とは言えない。されるままに被写体になっていた。
「だから、写真の情報からおじいちゃんのモデルを作って、わたしが集めてきた素材を使って、等身大のおじいちゃんを作っているわけ」
「あのゴミやガラクタを使って?」
「そうよ、おじいちゃんには信じられないかもしれないけど、あれらは、不要になったものだけど、どれもこれもすごいものなのよ。人類の歴史を物語るように、ない色がないほど色彩の幅があって、なかには宇宙船にも使われている耐久性と柔軟性のある素材もあるの。それを再利用して、おじいちゃんを再現していくの」
「わしを、ゴミでつくる?」
「まあそうだけど、捨てられたものを再利用してユニークなものを創作するのもアートなの」
「しかし、どうして対象が、このわしなのだ。アートならもっとふさわしいものがありそうだが」
「インスピレーションよ」
 ゴミの再利用と言えば、わしの作っているものも、そうかもしれない。もっとも、これはただの道具で、アートではない。
 以前記録的な大雨で、ここら辺りはどの家も水浸しになって、ずいぶん被害を被った。家の修理をしたとき、廃材になったものは捨てずに取っておいた。長い間忘れてしまって、納屋の奥にしまい込んでいた。最近になって、偶然にそれを見つけ出したとき、昔の記憶がいっぺんに蘇ってきた。すると、あのとき亡くなった者が現れてきたような気がした。そこで、その廃材を使って何か供養をしなければと思った。
 物思いにふけっていると、リクはわしの作業場に入り込んできた。
「こんなに沢山の板をどこから持って来たの? 結構どれもこれも古そうだけど」
 リクはこの板の来歴は知らない。話せば辛い昔話になる。わしは黙って、また板にかんなをかけはじめた。
 お互いの制作物が完成したとき、披露し合った。
 リクの人形は、わしの等身大と言っていたが、まさに、このわしがそこに立っていた。もう一人の自分を見るようで不思議な気分になった。驚いたのはその出来栄えで、ありとあらゆるゴミの断片が結合して、老人らしい形状を成している。圧巻はその顔で、細かい部品が繊細に散りばめられて、表情もうかがえそうだった。
 リクはわしの道具を眺めながら、
「これは、わたしの人形を飾るのに、ちょうどいいと思わない?」と訊いた。
「そうかな」
「おじいちゃんの人形には何か足りないと思っていたけど、これに飾れば、魂が入る気がしない?」
「どうだろうか」
「ねえ、おじいちゃんの作ったもの、コンテストが終わるまで貸してくれない?」
「すぐに必要になる道具じゃないだろうから、貸すくらい、わけないことだよ」
 しかし、孫娘のアートコンテストの晴れの舞台で、自分用の手作りの棺桶が、まさかひと役買うことになるとは。
 寸法はぴったりだ。この子ならいい建具屋になれたかもしれない。アートとは惜しい。いや、わしがアートに商売替えをするのはどうだろうか。なあ、リク。