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第36回「小説でもどうぞ」佳作 僕の無人島脱出記 昂機

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小説
小説でもどうぞ
第36回結果発表
課 題

アート

※応募数263編
僕の無人島脱出記 
昂機

 この無人島に漂流して早一週間が経つ。骨の髄までインドア派である僕がここまで生き長らえられたのは、ひとえに運が良かったからにほかならない。もしくは難破前の船で『埼玉県民でも生き抜ける! 完全サバイバルガイド』を熟読していたからかも。ちなみに僕は兵庫県出身である。
 今日も日がな一日、浜辺で海を眺めながら流木を彫るしかやることがない。SNSで人面魚を模した僕の木彫りがキモ可愛い! センスほとばしる新進気鋭のクリエイター現る! と大バズリしてからというものの、ネットニュースやテレビからの取材が事あるごとに押し寄せてきて、世間から離れた場所でゆっくり作品造りに勤しみたいと思っていたところだが……。さすがにこの状況は他人と離れすぎている。同じ船に乗っていた客がこの島に流れ着いていないか何度も探したが、成果はゼロ。正真正銘、突き抜けた孤独だった。
 幸いにもここには果物が豊富にある上、魚が多く棲息するようで食料には困っていない。岩場には湧き水もある。生きるための必要最低限は整っているわけだ。あとは救助の船さえ来てくれれば完璧だ。一度は自力でイカダを作って大海に漕ぎ出そうと思ったが、だめだった。この島付近を根城にしている、巨大なサメがいるのだ。凶悪を絵に描いたような黒い背ビレが目に映るたび、僕は脱出の決意を打ち砕かれた。
 そんなわけでこの一週間、浜辺でひたすら流木を彫りながら水平線の向こうに船を探している。一面の青空を滑る太陽は相変わらず眩しく、潮風の匂いは鼻が麻痺してもうほとんど香らない。ああ、インドア派らしく家の中にいるんだった。たまには美しい南の島に行ってインスピレーションを受けようなんて思うんじゃなかった。今日も後悔しながら出来上がった木彫りを海面に投げる。今回の作品は人面タコだ。昨日は人面ミミズ、一昨日は人面カワセミ。ここに漂流してから、毎日欠かさず一つは海に放るようにしていた。波に乗ってどこかの海岸にたどり着き、どこかの誰かが手にした時のため、背中に僕の名前とSOSを刻み込んである。この救難信号が正しく届く確率は天文学的に低いだろうが、何もせずただ助けを待つよりいいに違いない。そう思いたい。
「……ん? なんだこれ」
 いつの間にか夕方になっていた。島の反対側に仕掛けた罠に、今日は何匹魚が入っているだろうか。そう思っていると、打ち寄せる波とともに、ころころと浜辺に転がる何かがあることに気付く。一日中ろくに歩かなかったせいですっかり落ちぶれた足の筋肉を懸命に動かしながら(明日からきちんと運動しよう)、それに近寄った。
「うわ、なんだこれ……」
 至近距離まで来ても先ほどとほとんど同じセリフが出た。
 浜辺に打ち上げられていたのは、腹から尻尾にかけてずたずたに裂かれた小魚だったのだ。気持ち悪いなあ。大きな魚が噛みついただけで、こんなふうになりはしないだろう。もっと別の何かが、意図して八つ裂きにしたような。例えば、血も涙もないサイコパスが小動物をいたぶったような……。
 嫌な想像に、ぶるぶると頭を振る。何を考えているんだ。それだと近くに誰かいるみたいじゃないか。この島にいるのは僕だけ。一週間、誰とも会わなかったのがその証拠。きっとこの魚は死んだあと岩場に当たってぼろぼろになってしまったか、イタズラ好き啄鳥きつつきついばまれただけだろう。気を取り直して、僕は島の中に食料を調達しに行った。
 翌日の朝。僕は浜辺で立ち尽くした。昨日見たずたずたの魚が、三匹に増えていたのだ。
「気味悪すぎだろ……」
 落ちていた木の枝で魚をつつきながら、誰にともなく呟いた。魚たちの引き裂かれ腹から内臓が飛び出している様子は、見ていて痛々しいなんてものじゃない。たまたま岩場に当たるのが続くか? 鳥ってこんなイタズラをするものなのか?
 やっぱり近くに僕以外の誰かがいるんじゃ? ナイフを持って魚の下半身を引き裂く、頭のおかしいやつが。なんなら、今も僕の反応を窺って……。
「ひっ……!」
 途端に恐ろしくなって、僕は反射的にその場で縮こまってしまった。どうしよう。早くここから脱出しなければ……!
 そのときだった。背後の海から、波がぶつかり合うような激しい音が聞こえてきた。
 反射的に振り返る。
 視界に飛び込んできたのは、凶悪な牙と黒々とした無感情な目、大きな背ビレ……サメだった。そうだ、海にはこいつがいたんだった! 食われるっ……!
 痛みに備え、強く目を瞑る。しかし、待てど衝撃は襲ってこなかった。その代わり、足元にこつんと何かが転がってくる。
「……これ、僕の木彫り?」
 そうだ。昨日海に投げた木彫りの人面タコだ。これがどうして今ここに?
「もしかして君が?」
 おとなしく海に漂っているサメに聞く。サメは確かに頷いてみせた。それから、ずたぼろに切り裂かれた小魚をヒレで指し示す。
「まさか、僕の木彫りを真似して作ったの? その口で?」
 答えの代わりに、サメはどこか誇らしげに鋭い牙を見せてきた。きらきらと光る瞳も。
「勘違いだったら申し訳ないけど……僕の弟子になりたい、とか?」
 バシャバシャとサメは嬉しそうに尾を海面に叩きつける。
『消息を絶っていた人気彫刻家、弟子のサメに乗って海から帰還!』そんなニュースがネットを席巻するまで、そう時間は掛からなかった。
(了)