公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第36回「小説でもどうぞ」佳作 叫び、滅す 市井堅治郎

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第36回結果発表
課 題

アート

※応募数263編
叫び、滅す 
市井堅治郎

 丘の向こうの街が消えたと聞いて、優太ははっとした。彼はここ最近、丘の上公園にあるベンチに座っては、そこから見える風景を黒鉛筆でスケッチしていた。ちょうどその辺りが全部消滅したということは偶然であったとしても彼の心をざわつかせた。
 朝のテレビニュースはその話題で持ち切りだった。俄かには信じがたいそのニュースに、優太の父親はスーツのボタンを留めながら「ついにテレビもフェイクニュースを流し始めたか」と呆れて言った。
 高校の教室は騒然としていた。誰々と連絡がつかないという話が教室のあちこちから聞こえ、いよいよフェイクではないらしいことが優太にはわかってきた。八時三十分のチャイムが鳴ったとき、教室には六人分の空席があった。
 担任が困惑した表情で入ってきて言った。
「誰か、越川、佐藤、高岡、野谷、伏見、真鍋と連絡とれた人いる?」
 教室中から「とれない、とれない」という声が飛んだ。他のクラスからも驚嘆の声が聞こえてくる。同じように失踪者が出ているらしい。
「F町住みは一部、G町は全員、H町も全員か、I町もほとんどダメらしい。ちょっと一旦自習にしてくれるかな。誰かから連絡きたら、職員室に来て教えてくれ……」
 担任は頭を抱えながら、そそくさと出ていった。
 優太は(この世の終わり、いわゆる終末ってやつか)などと考えた。そして少し安堵の息をついた。
 というのも、高岡がいなくなってくれたから……。
 高岡は、やたらと優太をからかってくる。というか、ありていに言って、いじめてくる。以前、上履きに画びょうを入れられたことがあった。靴下越しに画びょうを踏んだ優太が「いて!」と言って、倒れ、床を転がりまわったところ、高岡は「引っかかった」と大笑いした。
 高岡の親友である福田と吉野も、そうやって日々いろいろと仕掛けてくる。
 でも今二人は青白い顔をしている。実にいい気味。
 優太は頬がほころぶのを必死でこらえながら、少しは高校生活がマシになるかもしれないと胸を躍らせた。
 二時間目で急遽休校が告げられ、優太は下校の途についた。真っすぐ家には帰らず、丘の上公園に寄ると、マスコミが大勢詰めかけていた。警察官も複数人いて、物々しい空気が流れている。人だかりのなか、つま先立ちをして、いつもスケッチしていた方向に優太は目をやった。
 すると信じられないことに、町がくり抜かれたかのように真っ白になっていた。
 すかさずスケッチブックを取り出し、その風景を描いたページを開いて、その方向にかざしてみると、完全に描いた部分と一致していた。まるで優太が描いたことで、その風景が現実から消滅したかのように。偶然の一致にしてはあまりにピンポイントであった。
「まさか……。いや、魔法使いじゃあるまいし」
 さすがに偶然だろうと思い直して、優太は家路を辿った。
 とはいえ、もし自分が描いたことで町が消滅したのだとすれば、と優太は帰宅してから考えた。確かめる方法があるとすれば……。優太は修学旅行のときのクラスの集合写真を取り出した。そこにはむろん高岡、福田、吉野の姿がある。
 優太は、まず福田をスケッチしはじめた。できうる限りの想像力を駆使して、現実の福田の容貌も思い起こしつつ、写真を見ながら、スケッチブックに描いていった。鉛筆の先はすぐに丸くなり、何度も鉛筆削りを使った。福田の全身像を描き終えたとき、もう三時間も経過していた。疲弊しきった優太は「バカだな、俺は」と呟き、続けて吉野を描く気を失くした。
 数日経って学校は再開した。失踪した六人は連絡がつかないままだった。そして、教室には、もう一つ空席ができていた。
「福田が突然いなくなったって親御さんから連絡あったんだが、誰か知ってたら教えてほしい」
 担任の言葉を聞いて、優太は驚愕した。
(もしかして本当に俺のせいなのか)
 しかし優太はなお、この現象が偶然である可能性を信じたかった。そしてそれを証明するために、鉛筆を手に取った。
 斜め後ろの席にいる吉野の姿をちらちらと見ながら、スケッチブックにその姿を写していった。教科書で隠しながら、授業中、優太は吉野を描き続けた。
 そして四時限目、ついに描き終えたとき、驚くべきことが起こった。突然、吉野の姿が消滅したのである。その瞬間をクラス中が目にして、悲鳴が起こった。
 もう優太は認めざるを得なかった。自分が絵を描くと、その対象は消滅する。
 そして優太は内心歓喜した。自分を傷つけるものは全部絵に描いてしまえばいい、と思った。
 その日の夜、優太は夢を見た。ムンクの『叫び』で耳を塞いでいる人の顔が優太になっていた。そして、高岡、福田、吉野と、その他の群衆が、その優太の首を絞めていた。彼らは「消して、元に戻せ。今すぐ消せ」と連呼した。
 思わず大声で叫んで、夢から醒めた優太は、すぐにスケッチブックを開いた。そして消しゴムを手にすると、絵をひたすら消し続けた。
 全てを消し終えたときには、朝日が射していた。真っ黒になった紙を見て、彼らが以前と同じ姿で復活するのか不安になった。少なくとも彼らは自分を恨んでいるに違いないと優太は確信した。底知れぬ恐怖心が湧き上がってきた。
 ふと部屋の鏡を見ると、そこには恐怖に怯える自身の姿があった。さらに怖くなって、耳を塞いだ。
 そして、思った。こいつを描いてみてはどうか……。
 優太はスケッチブックを手に取り、鉛筆を握った。
(了)