第37回「小説でもどうぞ」選外佳作 不用品判別スカウター 桝田耕司
第37回結果発表
課 題
すごい
※応募数207編
選外佳作
不要品判別スカウター 桝田耕司
不要品判別スカウター 桝田耕司
「おい、いい加減に片づけろよ」
帰宅早々、夫が舌打ちをする。
「今日掃除したばかりなんだけど……」
「嘘をつくな。お前のせいで、ゴミ屋敷じゃないか!」
名前で呼ばれなくなって久しい。
「ごめんなさい」
私が悪いという自覚がある。
「あ~あ、マジで係長がうらやましいよ。なんで俺は……」
ため息が、心に突き刺さる。よくできた奥さんらしい。掃除も得意だし、料理もできる。共通点は子どもがいないということだけだ。
「お食事は?」
「いらない。風呂だ」
ネクタイを外しながら吐き捨てる。肩がぶつかった。わざとかもしれない。すれ違うためには、体を壁側に寄せる必要がある。これも、私が悪いのか。
「チッ。この粗大ゴミが!」
廊下の片側半分を占領する三段ボックスのことだろうか。私のことじゃないと信じたい。
「なんだよ、コレは。俺の部屋にゴミを入れるなって、言っただろ!」
「でも、置き場が……」
「いいかげんに捨てろよ。このゴミ女め!」
コケシ、赤べこ、木彫りの熊を廊下に投げ出される。共通の友人からの土産品だから、半分は夫の部屋に置いてもいいはずだ。
「あぁ、もう、腹が立つなぁ」
騒ぐだけ騒いで、部屋に籠る。新婚時代はリビングで一緒にテレビを見ていた。
「私が悪いのかなぁ……」
三年ほど前に並んで座っていたソファーは、ヌイグルミに占領されている。テーマパークのキャラクターは私が悪いとして、UFOキャッチャーの戦利品は夫のせいだ。
「よし、決めた。断捨離するわ」
善は急げ。燃やせるゴミの袋を広げる。
「コレは、もったいない。コレは必要。コレはそのうち使う。コレは売れるかなぁ。でも、お気に入りだし……」
空の袋を持ったまま右往左往する。一時間経っても、ゴミが見つからない。
「必要なものばっかりなのよねぇ」
捨てたら、あとで後悔しそうだ。
「これだからゴミ女って、言われるのよ。誰かにアドバイスをもらわなきゃ……」
高校時代から親しくしている友人の顔が思い浮かんだ。潔癖症は十年経っても治っていない。私とは真逆のミニマリストだ。
SNSでやり取りを続け、ついには見捨てられる。
「こんなのを買って、どうなるって言うのよ。でもなぁ……」
怪しい研究所がネット販売している機器の購入を勧めても、友人の副収入にはならない。煮え切らない私との会話が苦痛だったのだろうか。
五万円は痛いが、友好関係を維持するための投資を惜しんではいけない。
ポチッとボタンを押した三日後に、宅配便が届いた。ダンボール箱を開ける。
「……おもちゃみたい」
不要品判別スカウターという名の発明品だ。脳波を測定して、不要なものを導き出すらしい。指示に従えば部屋の中が片づくって、本当だろうか。
「30点以上が不要かぁ」
眼鏡型のスカウターを装備し、ダンボール箱を持つ。
──ピッ。80点──
「えっ、この大きさの箱は……いらないかなぁ。小さいもん」
いつもなら、大きな箱の中に入れて、残していた。客観的に考えたら、一度も使ったことはない。
まずはダンボール箱を処理する。違うサイズで無地の箱だけを残す。紙箱も同じだ。
埃をかぶっていた物品を動かすと、鼻がむず痒くなる。ティッシュで鼻をかみ、ほくそ笑んだ。さっそく、スカウターで測定する。
──ピッ。100点──
「だよね~」
正確な数字だ。絶対に必要ない。
次々に不用品を処理する。
穴が開いた靴下は90点だ。同じ柄があれば片側だけ残すけど、バーゲンセールで買った色物だから、捨てるしかない。
お洒落な空き瓶は50点だ。花瓶にしようと考えていたけど、飾るスペースがない。花を買うお金があるなら、スイーツを食べる。
襟元がよれよれのTシャツは30点だ。
「これは……微妙だなぁ。部屋着としては使えるし……」
プリント柄は古臭いけど、肌ざわりがいい。
「やっぱり捨てよう。私はゴミ女じゃない」
ボーダーラインの物品を捨てれば、ミニマリストになれる。
「これは、お金に代わるという意味だよね」
毎日、少しずつ片づける。だんだんと楽しくなってきた。
フリーマーケットアプリを活用して、小銭を稼ぐ。コンビニスイーツを食べても太らないのは、掃除でカロリーを消費しているからだろう。
家の中をピカピカに磨く。とっても気持ちがいい。
幸せな日々に、陰りが出てきた。平日は楽しい。問題は休日だ。
掃除機の音を近づけても、リビングのソファーに寝転がった夫は、ピクリとも動かない。これなら、部屋に籠ってくれたほうが楽をできる。
「まぁ、いいや。今日は何を捨てようかなぁ」
不要品判別スカウターをかけて、家中をウロウロする。
──ピピッ──
大きな反応があった。
「えっ? どれ、どれがいらないの?」
捨てることに、快感を覚えはじめた私の鼻息が荒くなる。
「100が最高じゃなかったの? すごい。すごすぎる。な、なんなの、コレは!」
120、150、200、300……上昇が止まらない。数字を頼りに、不要なものを探す。
──ピッ。999点──
「あぁ、そうか。コイツが一番いらないんだ」
心の中のモヤモヤが吹き飛んだ。モラハラ男に離婚届を突きつけてやる。
(了)