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第41回「小説でもどうぞ」佳作 ときめきの一週間 いの

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小説・シナリオ
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小説でもどうぞ
第41回結果発表
課 題

ときめき

※応募数358編
ときめきの一週間 
いの

 月曜日。就労支援施設にボランティアに出掛ける。いろいろな知的障害がある若者たちが集まって、自分の得意なものを見つけ、それを仕事にして収入を得ることが出来るように支援する。パソコンを使って作業する子もいれば、畑で野菜を作ったりする子もいる。しずか君は手打ちうどんを打ち、その他の時間は刺繍をするといった多彩な子だ。見た目も接して会話しても、障害があるとは思えない子も多い。会話が成立しにくい子は慣れてくれば何が言いたいのか大体分かる。ときどき大声が出たりするチック症状の子には慣れていてもビックリする。今井君はパニック障害らしい。一緒に昼食を取りながら彼の話を聞くが、全く障害があるとは思えない。会社勤めをしていてそれがどんな時にパニックとなって彼を困らせるのか想像することが出来ない。ボランティアとして若い彼らと過ごすことは私の月曜日のときめきである。
 火曜日。夕方に生協の宅配があるので、朝、来週の注文書に注文を記入する。うちに配達をしてくれる担当は臼井君。最初の頃は慣れなくて配達時間が定まらずイライラしていたが、今はほとんど毎週決まった時刻に到着して笑顔で挨拶してくれて、品物を下ろし玄関に運び入れてくれる。まだだいぶ若いが、左手薬指には指輪がある。若いのにいろいろ苦労しながら妻子を養っているのだろうと想像しながら配達の品物を受け取る。彼とのほんの数分のやり取りは火曜日のときめきである。
 水曜日。車で二十分ほどのところにあるテニスクラブのレッスンの日。平日午前中だから集まったメンバーは爺さん婆さんと仕事がない主婦ばかりだ。教えるコーチもベテランで真っ黒で細かい講釈が多い。そしていつも○○のことをなんというでしょう?とプレーだけでなく説明が入る。そして大体いつもなぜか私に答えさせようとする。だからいつも説明の後は私をご指名するのではないかと、ドキドキソワソワして水曜日のときめきである。
 木曜日。横浜の書道の先生の家に行く。毎月の課題と展覧会作品の添削をしてもらう。もう何十年もやっていてベテランだけど、まだまだ直される。こんなことを何十年もやっていたらワクワクドキドキもしないが、その後にやって来て先生に指導を受ける同輩が大嫌いな奴なのだ。そいつに顔を合わせやしないかとひやひやして、先生の玄関を出ると裏道へ駆け足。やった! 今日もあいつに会わずに済んだと嬉しくなって町へとバスに乗る。あそこでランチして、あそこのウインドウショッピングをしてとワクワクドキドキしながら帰る。木曜日のときめきである。
 金曜日。近所の奥様たちと駅裏のテニスコートでテニスを二時間。水曜日のテニスレッスンで培った技術をご近所の主婦たちに見せつける。テイクバックはぐっと引き、膝より少し前でラケットを当てて、フォロースローは左肩へ。すると素晴らしいショットが跳び、ご近所の主婦たちはナイスショットと絶賛。あー気持ちよくプレー出来て今日もワクワクときめいて、ご近所の主婦たちとお喋りしながら歩いて帰る金曜日のときめきである。
 土曜日。近くの美術館のイベントボランティアとして美術館に出掛ける。歩いて行けるところに海を目の前にした美しい美術館がある。ただ毎回の展示を鑑賞するだけでなくボランティアとして関われることに喜びを感じている。年に数回あるイベントの催しの企画から手伝っている。今回は段ボールを切って剥がしてノリ着けして色付けして大きなカボチャを作る。すごいカボチャが出来そうでワクワクドキドキ。集まったボランティアは皆美術系が得意な面々で、毎回面白いアイデアで面白い作品を作り上げる。その輪にいるだけで楽しくワクワクする土曜日のときめきである。
 日曜日。今日はお休み。朝寝坊して卵焼きと塩鮭と納豆の遅い朝食を食べて、寝室からやっと出てきた定年過ぎの引きこもりおやじにも食べさせる。私が買い物して私が料理して、片付けして、ゴミを出し、洗濯して、お風呂も洗って、部屋も掃除して。でもこのおやじはなにもしない。部屋に引きこもって、三食の時間には出てきて黙って食べる。何も言わず表情も変えず食べる。食べ終わると黙って部屋に引き上げる。その顔を見ながら、何十年前はこの顔にこのおやじにときめいたことがあったのかと考えてみるが、何も思い出せないでいる。
 何も言わず食べるおやじの顔を見ながら、こいつをいつ殺してやろうかと考える。どんな方法で殺してやろうかとあれこれ考える。毒を盛るか、毒でなく覚せい剤という手もあるが、どこで手に入れたらいいのかが分からない。寝ている時に布団で顔を覆ってみようか、階段からちょっと背中を押して落としてやろうかとあれこれ考えてワクワクドキドキして時間が過ぎてゆく日曜日。
(了)