第41回「小説でもどうぞ」佳作 ときめきを感じると 白浜釘之
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第41回結果発表
課 題
ときめき
※応募数358編
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白浜釘之
まさか人生の最晩年にこんなときめきを感じるとは思わなかった。
しかも、相手人間ではなく機械だなんて。
しかし、未来の世界を空想し、子供たちのためのお話としてジュブナイル小説を書き連ねてきた私にとっては、むしろこの恋は必然であったのかもしれない。
彼女は今日も私の枕元に来ては、
「おはようございます。ご気分はどうですか?」と柔らかな声音で語りかけてくれた。
そして窓辺に向かいカーテンを開け、朝日に眩しそうに目を細め……るようにプログラムされているだけなのだろうが……、
「今日もいいお天気ですよ。体のためにお昼にでも一緒にお散歩に行きましょうよ?」
と私に問いかける。
自分で言うのもなんだが、人一倍気位の高い私はこういう物言いの仕方には反発を覚えるものだが、彼女……アンドロイドに性別はないのかもしれないが……に対しては不思議と素直に頷くことができる。
検温と簡単な問診を終えると彼女は去っていった。彼女が告げたように窓の外は快晴で、外には建設中の世界塔の骨組みが天を突くように
昼食を済ませてベッドで少しまどろんでいると、果たして彼女は機械の正確さで約束の時間に現れた。
狭い病院の敷地を抜け、病院の周囲をゆっくりと散歩する。彼女のお陰でこうしてまた歩けるようになったとはいえ、彼女は私の亀のような歩みに正確に歩幅を合わせてくれる。
「だいぶ街並みも変わったでしょう?」
彼女が訊ねてくる。
「すっかり復興して、なんだか子供の頃に思い描いた未来都市のようだね」
私は答える。見たこともないような重機が高層建築物を積み上げていく様は、私が子供の頃に夢想した世界そのものに見えた。
「そうですわね……そういえば、覚えてらっしゃいますか? 私にそこのお菓子を買ってきてくださったときのことを」
「ああ、もちろん。あれは悪いことをした」
彼女が指差した街角の洋菓子店で、私は何の気なしにいつも世話になっている彼女に小さな菓子をいくつか買っていったことがあったのだ。まだ外出許可が必要ないほど衰えていない頃なので一年も前だろうか。
私が包みを渡したときの彼女の戸惑った表情を今でも覚えている。アンドロイドの彼女がそんなものを口にするはずがないことを私はうっかり失念していたのだ。
「もちろん、病院の規則で頂くことはできませんでしたが、お心遣いはとても嬉しかったんですよ……その、古い考え方の方々はまだ私たちのことを召使いのように考えていらっしゃるので」
まさか、と私は思ったがすぐにそんなものかも知れないと思い直した。機械は人間に尽くして当たり前だという考え方は至極まっとうな感情であり、そもそも機械というものはそのために作られたものなのだから。だが、
「いずれ、そんな古い考え方は否定される時がくるさ。あなたたちに対してもちゃんと一人の独立した人間に対するように感情を持って接してくれるように」
そして、私のようにあなたにときめきを感じる人間も、と言いかけたところで病院の入り口に辿り着き、彼女の姿を認めた少年が駆け寄ってきた。
「ほら、新しい世代はもう何の屈託もなくあなたに懐いているじゃないですか」
私は、戸惑いの表情を受かべながらもどこか嬉しそうに少年に手を引かれている彼女を尻目に、自分の病室へ戻った。
「大変だったわね。あの気難しいお爺さんの散歩の付き添いだったんでしょう?」
同僚の一人が声を掛けてくる。
「あら、気難しく見えるけど、ずいぶん進歩的な考え方をする人よ。あの年代には珍しく私たちのことも気遣ってくれるし。ちょっとボケ始めてて自分の書いていた小説の世界と現実がごっちゃになっているところはあるけど」
「ふうん……そういえば、あなたもあのお爺さんの担当になってから表情が柔和になったってドクターの間でも評判よ。以前はまるで機械みたいだって言われてたのに」
「ふふ……きっと仕事に対してときめきを感じるようになったからかもね」
ふと窓の外に眼を遣る。そこには今年の暮れに完成する予定の東京タワーが輝かしい未来を指し示すかのようにそそり立っていた。
(了)