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第41回「小説でもどうぞ」佳作 ひとめぼれ 村木志乃介

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第41回結果発表
課 題

ときめき

※応募数358編
ひとめぼれ 
村木志乃介

 それを目にした瞬間、心が弾む音を聞いた。
 かわいい。声には出さず、心に思う。目はそれを離すことができない。
 ふらふらとわたしは吸い寄せられるように歩み寄る。
 手のひらサイズの小さな鉢が並んでいた。
 大樹と映画を観た帰り、買い物に出たショッピングモールでふと通り過ぎた花屋さんの一角にそれは飾られていた。
「かわいい」
 今度は声に出して言った。行き過ぎようとした大樹が振り返る。
「どうしたの」
 大樹がわたしのそばに寄ってきて、わたしが見つめる鉢を同じ目線で覗き込む。
「盆栽?」
「そうみたい。でも、すごく小さくてかわいい」
 もふもふの緑の苔から、くねくねと曲がった幹が生えている。
 総理大臣官邸に置かれるような立派なものではない。だけど自分は盆栽なんだぞ、と小さいくせに、立派に盆栽を主張しているように思えた。
「ほら、これなんかよくない?」
 いろんな樹の中からわたしはポプラの盆栽を手に取った。
 あとから考えても理由はわからない。その樹に呼ばれた気がしたからかもしれない。ポップには『成長が早く、あなたの愛を求めています』と書かれていた。
 目の前に鉢を掲げる。幹からは無数の腕を広げるように枝が伸びている。細い枝に青々とした葉が茂っている。
 間近で見れば、まるで大地に根付いた大木のように見える。それが手のひらにおさまるサイズで植わっているのだ。
「いまミニ盆栽は人気なんですよ」
 熱心に盆栽を眺めるわたしに気がつき、女性の店員が寄ってきた。
 海外ではBONSAIとローマ字で表記されていて、日本の文化にとどまらず人気だとか。外国人観光客も足を止めて見ている。
「どうすんの?」
 大樹には興味が湧かないらしい。食品コーナーのほうに体を向けて、早く行こうよと言ってくる。
 晩ごはんは大樹のリクエストで、焼肉を予定している。高校まで柔道をしていて、体格がいい彼は焼肉が大好物だ。彼とは、わたしが勤めている携帯ショップで出会った。客としてやってきて、接客したところから交際に発展した。真夏だったこともあり、盛り上がった筋肉に魅せられ、それに見合う声の大きさにわたしはいちころで射止められた。
 わたしが住むマンションに呼び寄せ、同棲して一年になる。その記念すべきパーティーを外食ではなく、家で済まそうという大樹らしい提案だった。アルバイトもせず、遊んでばかりいる大学生だから仕方ないと言えばそうなんだけど、なんだか味気ない。
「このミニ盆栽、買って帰ろうと思う」とわたしが言えば、
「気に入ったんだ」大樹はあきれた顔で言った。
 ポプラの鉢を持ち、レジに並ぶ。わたしの横で大樹はスマホのゲームをしている。あくびをしながらサラサラの髪に手をやった。目にかかった前髪が気になるらしい。何度も横に流れるように手櫛で整えている。わたしが手にした盆栽にはまったく興味を示さない。
 その夜からわたしはポプラの盆栽の世話にかかりきりになった。
 なにもせず部屋で寝そべる大樹を横目に朝からわたしは忙しい。マンションのベランダに出して日光浴をさせ、水をあげる。
 日中はそのまま外に出し、夜になると部屋に入れて鑑賞する。大樹がゲームをする横でひたすら盆栽を見ている。そのうちに大樹の姿を見なくなった。
 彼がいなくなって初めて、大樹という名前が立派な樹と読み替えられることに気がついた。それ以外にはなんの感傷も湧かなかった。わたしの手のひらにおさまる小さな樹を大樹にすればいい。
 肥料を与えた日は、野良猫に襲われたりしないか気になり、ついに仕事場にも連れて行くようになった。
 年月を重ねるほど貫禄が増してきた。手のひらサイズの鉢からは根が溢れ、どんどん鉢のサイズを大きくしていった。もはやミニ盆栽と呼ぶには失礼なほど大きく成長し、仕事場に運ぶこともできないほど立派に育った。
 ついにはベランダにもおさまりきれないほどに枝を伸ばした。だからベランダから運び出すことにした。
 戸建てを購入し、庭の真ん中に植えた。
 大きくなればなるほど、わたしの心はときめいた。この樹は、わたしの愛を求めている。愛を注げば、応えてくれる。
 見ているだけで幸せ。わたしのときめきは永遠に終わらない。
(了)