第41回「小説でもどうぞ」選外佳作 爆弾 遠木ピエロ
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第41回結果発表
課 題
ときめき
※応募数358編
選外佳作
爆弾 遠木ピエロ
爆弾 遠木ピエロ
細かく砕いた木炭、硫黄、硝酸カリウムをボウルで丁寧にかき混ぜたら、ペイント缶に慎重に詰めていく。最後に導火線をペイント缶の口に取りつけ、ふたを閉める。これで黒色火薬を使った爆弾の完成だ。
僕は出来上がった爆弾を眺めながら、これを爆発させたらどれだけの威力になるだろうかと想像してときめく。
もちろん、この爆弾を本当に爆発させるつもりなんてない。作るだけだ。
でももし爆発すれば、社会を混乱に陥れることが出来る。そんなものを僕は作ったのだという一種の全能感が、僕の中の劣等感を打ち消してくれた。
高校まで成績優等だった僕は、勉強には絶対の自信があった。ところが大学の理学科に入学してすぐに壁にぶつかった。板書を写すだけで精一杯の講義、次々と課されて追いつけない研究課題、結果をまとめる余裕もない実験。授業に追いつくだけで精一杯で、自信が揺らぎ始めていた。そんな授業を、同じグループの友人たちは平気な顔でこなしていた。みんな自分より優秀なんだ。それを認め、自信が完全に破壊されたその日から、僕は学校に行かなくなった。
今まで作ってきた爆弾は大小合わせてもう十個になった。爆弾は使用する意図がなくても製造するだけで罪に問われる。それも相当の重罪だ。恐ろしいが、そんなものを作っているというスリルもある。
出来上がった爆弾をうっとりと眺めていた時、つけていたテレビに速報が入った。
なんだろうとテレビの方を振り返る。それまで流れていた旅番組からニュースに切り替わり、男性キャスターが慌てた様子で原稿を読み上げた。
「えー、速報です。たった今、環状線の◯◯駅ホームで爆発が発生しました」
僕はドキリとする。◯◯駅は僕の家の最寄り駅だ。
「現在負傷者の確認が行われています。詳しい状況が分かり次第、続報をお伝えします」
それから僕はテレビに釘付けになった。死者が数名出ていること。負傷者が多数出ていること。駅のホームが大きく損壊していること。次々入ってくる情報は、あまりにも衝撃的すぎて現実感がなかった。
そしてどうやらこの爆発はテロであるということが判明したとのことだった。
爆破テロ。僕の手元には、これと同じ状況を引き起こせるものがある。
そう思ったとたん、僕は平常心を失った。さっきまでは自分の爆弾を爆発させる想像をしてときめいていたのに、爆発させればどんなことになるのか実際に突き付けられるとその恐ろしさに震えが止まらなくなった。爆弾を一刻も早く処分したくなった。とはいえ、どこへ、どうやって?
分からないが、今まで作った爆弾を大きめのリュックサックに詰めると、僕はアパートを出た。
初夏の日差しが肌に痛かった。
爆弾を持って電車に乗るわけにもいかない。かといってその辺に放置するわけにもいかない。考えた末、近くを流れる大きめの川に沈めることにした。きっと見つからないだろうし、何かのきっかけで爆発することもないだろう。
そう思って川に向かいかけたその時。
「君、ちょっといいかな」
振り向くと、そこに警官が二人立っていた。
「さっきすぐそこの駅で爆発があったのは知ってるかな。その関係で警戒を強めててね。悪いんだけど、そのリュックサックの中身、見せてもらってもいいかな? まさか爆弾なんて入ってないと思うけど」
僕は自分の迂闊さを呪った。
警察署の取調室は僕が想像していたよりもずっと狭かった。せいぜい二畳くらいしかない。デスクを挟んで岩のような顔をした中年の刑事と向かい合う。
刑事は低く唸るような声で何度も何度も僕を腹の底から揺さぶってきた。
「さっさと認めた方が楽になるぞ。お前なんだろ? 爆破テロを起こしたのは」
「違います……僕は関係ありません……」
犯人じゃないのに、その声に威圧されて弱々しい声しか返せない。
堂々巡りの会話をどれだけ繰り返したか分からない。
その時、取調室に別の刑事が入ってきた。僕を取り調べしていた刑事に資料を渡し、何かを耳打ちする。すると耳打ちされた刑事は目を見開き、苦笑いを浮かべた。そしてゆっくりと僕の方に顔を向けた。
「残念ながら、お前の疑いは晴れちまったようだ」
急に態度を変えた刑事に僕は驚いた。一体何の資料を渡され、何を耳打ちされたのだろう。その答えを刑事はゆっくりと語り始めた。
「お前が持っていた爆弾だがな、あれはすべて爆弾としては不完全なものだったそうだ」
「は?」
「調べた結果、火薬に不純物が混じりすぎていて着火しても爆発しない代物だったそうだ。とても駅爆破の犯人が作ったものとは思えない、だそうだ」
それを聞いて僕は自分にかかっていた疑いが晴れてホッとした。しかし、そんなことがどうでも良くなるくらいに、がっくりと肩を落とした。大学の授業についていけなくなって、その劣等感を癒やすために作っていた爆弾。その爆弾すら僕は満足に作れていなかったということだ。どこまで行っても、僕はダメなやつらしい。
(了)