第40回「小説でもどうぞ」落選供養作品


編集部選!
第40回落選供養作品
第40回落選供養作品
Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第40回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。
【編集部より】
今回は村山健壱さんの作品を選ばせていただきました!
いつもより早く眠りについた小さな息子を珍しく思ったその日は、実はクリスマスイブ。主人公は、自身の幼少期のクリスマスに対する思いを振り返る。
自分とは違い、サンタクロースを楽しみにする息子だと思いきや……?!
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。
課 題
演技
村山健壱
残業を終え、帰宅したのは二十三時を少し過ぎたころだった。妻の陽子はリビングで雑誌をめくっていた。
「おかえりなさい。何か飲む?」陽子はそう言って立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けた。
「ただいま。お茶をお願いするよ」
俺はネクタイを外してクローゼットのパイプに吊るしながら答えた。ワイシャツを脱いで洗濯機に入れてからリビングに戻ると、テーブルの上には麦茶を入れたコップがあった。
「ありがとう。今日は祐太、どうだった?」寝室で眠っているはずの長男の様子を、俺は妻に尋ねた。これは毎晩繰り返しているルーティンの質問だった。
「今日はね、早く寝るんだって、九時前には布団に入ったのよ」
いつも二十二時頃までグズグズとしている息子にしては珍しいと思った。祐太を寝かしつける際に、妻が先に眠ってしまうこともしばしばだった。この時間に陽子が一人、寛いでいたのはそういう理由があったようだ。
「珍しい。何か特別なことがあったのかい?」
俺がそう尋ねると、妻は驚いた表情で答えた。
「えっ。そりゃあ決まっているでしょ。今日は何の日よ」
「何の日って、ん? ああ、そうか」
本当に気が付いていなかった様子の俺をみて、呆れ顔になった妻が続けた。
「幼稚園で言われたみたいよ。良い子にしていないとサンタさんは来ないって」
なるほど、そういうことか。二十一時までに寝る良い子であれば、明日の朝には枕元にプレゼントが置いてある。そういう算段で息子はさっさと眠ったのだった。
「それじゃあ、プレゼントを置いておかないといけないね」
祐太のクリスマスプレゼントはミニカーのための立体駐車場だった。先週こっそり購入し、仏間の押入に隠した。祐太はきっと驚き、そして大いに喜ぶだろう。その姿を想像すると、自然に俺の頬も緩んだ。
「でも大輔さん。クリスマスイブを忘れるなんて、よっぽどね」白い眼を俺に向けたまま陽子は続けた。
「忙しいから仕方ないのかもしれないけど、結婚前とかその後しばらくもイブにはディナーとか、むしろ貴方がリードしてくれていたのに」
そう言われると俺も分が悪い。長男が幼稚園に入った頃からクリスマスなどのイベントに楽しさを感じなくなった。いや、そもそも俺はそういうものに元々関心が薄かった。子供の頃クリスマスプレゼントはもらっていたが、親と一緒に玩具店に行ってその場で購入していた記憶しかない。保育園の頃から、サンタクロースにおもちゃをもらったなどと発言している友人を陰で馬鹿にしていた。本当のことを自分は知っているのに、騙されている友人たちに合わせなければならない理不尽さをずっと感じていた。
そんな俺だから、大人になるに従い恋人の時間へと変わっていったクリスマスにも興味があろうはずはなかった。しかし陽子の気を引くにはそうするしかなかった。そして俺の願いは成就した。
「そうだね。なんだかゆとりを失ってたかも」
それでもイベントに興味がないとは言い出せず、その場を収めるための発言をしてしまう俺だった。
「サンタクロースを信じている祐太、可愛いわね。ほら、これ」
笑顔になった妻に若干の戸惑いを感じながら、彼女から一枚の画用紙を受け取った。幼稚園で祐太が描いたものだという。そこには立体駐車場とミニカーで遊ぶ子と多分俺たち夫婦がいて、少し離れたところには赤と白の服を着て、大きな袋を持った人物も描かれていた。そういえば祐太が立体駐車場を望んでいるという話は、幼稚園からの連絡帳に書いてあったものだった。純粋な子供の願いといいながら、それを助長して楽しんでいるのは幼稚園や親などの大人なのかもしれないと俺は薄気味悪さを感じた。しかしそれとて言葉に出すのは不適切だ。「ほんと、可愛いよね」と優しく頷きながら、俺は妻の手を握った。
大人の時間を過ごしているうちに日付が変わった。その後、陽子と一緒に仏間へ行きおもちゃを押入から取り出した。俺の膝下くらいはある大きな箱から値札を慎重に剥がし、祐太が眠っている寝室へと向かった。足音を抑えながら二人で階段を上がり、寝室のドアをそっと開けた。息子の規則的な寝息が耳に入る。熟睡しているようだった。スマホの照明灯を下向きにかざし、数歩進んだところで黒いものが目に入った。そっと手にとってみると、俺がスキーで使う大きな厚い靴下だった。それでもこの箱はとても入らない。祐太の努力に微笑みながら、箱はここに置こうと妻に目配せをした。
その時、陽子が手紙を見つけた。靴下の下に置いてあったようだ。祐太が起きてもいけないし、この暗さではとても読めない。俺たちは祐太の枕元に箱を置き、その上に靴下を載せた。そしてリビングへ戻っていった。
リビングに着くなり、妻が笑い出した。彼女の顔をみると、半泣きの表情をしていた。手紙の表には、たどたどしい文字で「おとうさん、おかあさん、ありがとう」と書いてあった。
(了)