第2回「おい・おい」最優秀賞 衰え知らず 壺さくら



衰え知らず
壺さくら(神奈川県・33歳)
義実家には九十二歳になる義祖母と義父が住んでいる。義祖母は病気ひとつせず、義父がご飯を作る以外はなんでも自分でこなし、一日六千歩を歩くことを日課にしている超人である。
そんな元気な義祖母だが、私と夫は帰省すると決まってお手伝いを買ってでる。今夏は、義祖母が暮らす部屋のカーテンを新調することになった。
かねて義祖母は、年季の入ったカーテンを替えたいと思っていたらしい。しかし、義父はちょっと面倒な人で、新しく買うとなると「そんなもん、今のを洗えばええ」と譲らない。私たち夫婦は見かねて、窓のサイズを測り、義祖母を連れてカーテンを買いに行くことになった。
売り場にはずらりとカーテンがかかっていた。少し奥の方には重厚なオーダーカーテンも。一通り見ると、迷った夫は「ネットでじっくり決めてもいいんじゃない」と言い出した。
しかし、義祖母が待ち侘びた念願のカーテン、私は今日絶対に買わせてあげるんだ!という意気込みでメラメラと燃えていた。と言うのも正直、あの頑固義父に「ほら、やっぱりカーテンはきれいなほうが気持ちがさっぱりしますね」と言ってやりたかったのだ。
カーテンを手に取り、「せっかくだから明るい黄色なんていいんじゃないですか。いや、この緑なんてどうでしょう? 爽やかで部屋に合うかも」などと得意げに提案しまくる。
しかし、義祖母は違う方向を見て無表情だ。はて、補聴器をつけていても聞こえないのかなと、次は大声で「じゃあこっちなんてどうだろう、ほらきれいな花柄ですよ」と言うも、相変わらず上の空で聞こえていない様子。店員さんも気を利かせ大声で「これは遮光一級で花粉もバリアしてくれるんですよ」とアシストする。それでも義祖母は「ほう」みたいな曖昧な返事だけしてぼーっとしている。その後もイチオシを見つけては提案する。
まるでカーテン売りになった私。一方、石像化した義祖母。
しばらくすると、「今日はさすがに暑くて疲れたけん、頭が回らん。また今度来よ」と義祖母が口にした。そうか、いくら元気でも年齢には敵わない、無理させちゃったかなと思い帰宅すると、夫が「君が提案してくれたカーテン、ばあちゃんの趣味じゃなかったみたいよ」とぼそりと言って部屋へ消えていった。
どうやらかわいい孫の嫁が舞い上がって提案してきたものを微妙とも言えず、聞こえないふりをしていたそう。九十二歳、まだまだ衰え知らずで一安心だ。
(了)