第2回「おい・おい」佳作 老いを楽しむ うさこ



老いを楽しむ
うさこ(北海道・67歳)
六十五歳の夫の退職に合わせて仕事を辞め、退職後の暮らしを楽しもう!と、決めていた私は二〇二二年春に六十三歳で退職した。
しかし、その頃はコロナ禍で、退職してお金も時間もたくさんあっても、生活の制限をやむなくされ、外国旅行や国内旅行はもちろん、買い物さえもままならない暮らしだった。
二〇二三年春の収束後も戦闘や天災、事故などがあり、旅行を楽しめる状況にはなっていない。思い描いていた、定年後の暮らしではなくなっているが、夫はゴルフ、音楽。私は映画、読書、ピラティスなど、それなりに楽しい日々を過ごしている。
春のある日、夫とショッピングセンターに出かけた。時間に余裕があり、ぶらぶらしながら商品を見ていた。
私は夫に声をかけ、トイレに行った。夫は電化製品のコーナーで何を見るともなしにふらりふらり……。
そこに、二十歳代と思われる、背が高くイケメンで好青年っぽい店員さんが現れたそうな。そして、彼は立ち止まり、腰を少しかがめて、夫にしっかり目を合わせ、
「何かお探しでしょうか?」
と、丁寧に親切に、やや堅めの感じで聞いた。まだ人慣れしていない、新人と思われる。夫は、初々しい青年に、なかなか良い教育をしていると感心したらしい。
夫は六十九歳。退職して四年目になる。堅い職を四十年以上も続けたことがあってか、少しお茶目をしたくなっているこの頃……。
「ちょっと、ニョウボウを……」
それを聞いた、好青年っぽいイケメン店員さんは、「???」。
小首をかしげ、返答ができないでいたらしい。少し間があり、「どのようなボウでしょうか?」と……。
夫は笑顔で、「大丈夫です。自分で探しますから」と返答。
イケメン店員さんは、そうですかと、申し訳なさそうに、引き上げたそうな。
そこに現れた私。
ことのいきさつを聞いた私は、店内に響き渡ってしまうくらいの大声で笑った。
あの後、好青年っぽい店員さんはどうしたのだろう?
うちの亭主、お茶目でごめんなさいね。
退職後の二人の暮らしは、ややこしかったり、面倒なことがなくもないが、お互い様であろう。あと何年一緒に過ごせるか分からない。結婚して四十二年、山あり谷あり、おしなべて幸せに生きていることに感謝しながら、楽しく暮らしたいと思うこの頃である。
(了)