第2回「おい・おい」佳作 一世一代ではない勝負 色ロウソク



一世一代でない勝負
色ロウソク(東京都・35歳)
私はスーパーの調味料エリアで立ちすくんでいた。
どっちだっけ? ショウガとからし、どっちがないんだっけ? 確認したはずなのに思い出せない。どっちかがもうほぼなくて、どっちかが半分以上残っていた、はず。
こうなることを予想してきちんとメモを書いたのに、そのメモを忘れた。なんてこったい。前回忘れたエコバックを忘れないようにすることに気を取られすぎてしまった。次からはエコバックとメモ、どっちも持ったことを確認してから家を出よう。反省。
その昔、母がよくショウガのチューブをダブらせていたのを見て、どうしてこういうことするの?と聞いたことがある。そういうときの母は何か言うでもなく、意味深に笑っていた気がする。母には未来が見えていたのか、はたまた母にも同じようなことがあったのか。年月と遺伝子は嘘をつかない。
悩んでいても何も解決しないし、一旦メモを取りに戻ろうか? そのついでに冷蔵庫の中身を確認すればいい。でも……面倒くさい! それに負けた気がする、何かに。この勝負はここで決めなくてはならない。
決断の時だ。……からしだ! からしだった気がする! メモには三文字を記載した記憶がある! 私はからしを手に取った、がその瞬間にもう一つの可能性に気がついてしまった。
わさびかもしれない。そういえば、わさびも残り少なかったような気がしてきた。人間の記憶というのは実に曖昧で一度思い込んでしまうとなかなかその想像が消えない。置き去りのメモに、わさびって書いたっけ、からしって書いたっけ……。どっちだっけ……。
私は手に取ったからしを元に戻してもう一度考え始めた。思い出せ、冷蔵庫右側のポケットの中身を思い出すんだ。
やっぱり、からしだ! 一昨日買ってきたヒレカツに、からしを沢山つけて食べたじゃないか! よく思い出した私! 私はさっき手に取ったからしの箱をもう一度手に取りレジへ向かった。もちろん勝利を確信して。
帰宅してすぐに冷蔵庫の確認をしてみると、ショウガが半分、からしの中身はほとんど空だった。そして、ワサビは新品くらい残りがある。やった! 私は勝ったんだ! 思わず冷蔵庫の前でガッツポーズをしてしまった。
でもその時の私はまだ知らなかった、三日後に未開封箱入りのからしのチューブが冷蔵庫の別ポケットから出てくることを。冷蔵庫の前で膝をつくことになることを。
(了)