第2回「おい・おい」選外佳作 メモなんかいらない? 麻生雀


メモなんかいらない?
麻生雀(埼玉県・73歳)
加齢によるもの忘れは、誰にでもあることなので気にしなかった。しかし、何か買うものがあったけどなんだっけと思い出そうとし、いったんは「洗剤だ」と思い出したものの、そのわずか数秒後、再び「あれ、なんだっけ」となったときは、いよいよもの忘れを前提に生きなければならないと覚悟した。
覚悟というのも大げさだが、要は「常にメモ」を心がけることだ。自分の頭で記憶できなければ、メモで記録に残す。これはマストだ。仕事でもTO DOリストを作るが、それと同じ要領でやればいい。ただ、メモ自体をどこに置いたか忘れるというリスクがあるので、私はそれをスマホでやっている。
さて、とある週末のこと。料理が趣味の私は土日に食事担当になるのだが、この日は家族からピザが食べたいというリクエストがあった。冷蔵庫を見ると、材料はあらかた揃っていたが、チーズがなかったので近所のスーパーに向かった。
その途中、買い物リストに五つほどメモをしていたことを思い出し、ついでに買おうと思ったが、チーズを買いにいくだけだからとふらりと家を出てしまったため、スマホを持っていないことに気づいた。しかし、取りに戻るのも面倒だ。結局、「ついでに買っておく五つ」を買うことは諦めることにした。
ところが、スーパーの陳列棚というのは記憶を呼び覚ます効果でもあるのか、並べられたパンを見た瞬間、「そうだ、ジャムがなくなりそうだったんだ」と思い出した。
頭の中に冷蔵庫の中が浮かぶ。すると、つい最近、冷蔵庫の前で「なんだよ、賞味期限が切れているじゃないか」と言った自分を思い出した。
それは普段はジャムの横に置いてある「レモン果汁」だった。
それに触発され、キッチンで作業する自分が頭に浮かぶ。
「ごみを入れるポリ袋もなかった」
頭の中で食品庫も開ける。
「おはぎを作るのに、小豆を買っておこうと思っていたのだったな」
もう次々と思い出す。
あと一つ、メモしたのはなんだったか。スーパーで買い物をしながら考えていると、足を動かして脳の血のめぐりがよくなったのか、突然、ひらめいた。
「そうだ、仏壇の線香がなかったんだ」
結局、「ついでに買っておく五つ」はすべて思い出すことができた。
なんだよ、メモなんかいらないよ、その場にくれば、いろいろ連想して思い出すものなんだよ。スーパーからの帰り道はスキップでもしたい気分だった。
でも、そのとき、気づいた。
「あ、チーズ、買ってない」
(了)