第2回「おい・おい」選外佳作 ウォーキングマシン 蟹玉リク


ウォーキングマシン
蟹玉リク(神奈川県・29歳)
私の母は御年五十五歳。結婚以来三十年以上、子どもたちを育て、家族を支えてくれた。そんな母だが、本人曰く、ここ数年でめっきり歳を取ったらしい。たしかに五十肩で肩が上がらなくなったり、歩くスピードが異様に遅くなったりしていた。あまり考えたことがなかったのだけれど、これが老いか、母も若くないのだなと、ハッとさせられる。
そんな母だが、老いにはしっかり抵抗している。五十肩は整体に数年通って克服していた。弱点を克服できる、変わりたいと思ったら努力して変わることができる。それは素直にすごいなと思う。
先日実家に帰省して、部屋でボーっとしていたら、どこからかドンドンという音が聞こえてきた。はて、何事かしらと音のする方へ行ってみると、母がウォーキングマシンをしているではないか。ジムによくあるランニングマシンでなくウォーキングマシン。速く歩くようになるために、母が買ったらしい。ランニングマシンのベルトコンベアの部分だけみたいな造形をしている。母はウォーキングマシンの上を、えっちらおっちら闊歩していた。さすが我が母。努力の姿勢が素晴らしい。しかし、これで早く歩けるようになるのかしら。
それからしばらく経ったある日、母と外出して驚いた。めちゃくちゃ歩くのが速くなっていたのだ。さすが母、努力の人である。
母はぐんぐんスピードを上げ、私の前を歩き始める。母の後ろを歩くのなんて何年ぶりだろう。生まれたときは母の後ろを追いかけていたはずなのに、気づけば母の前を歩くようになっていた。もしかしたら、小学生とかそれくらいぶりかもしれない。
なんて感傷に浸っていたら、自分を撒くつもりなんじゃないかくらいの速さで母の背中が遠くなっていく、いやそこまで速くなられると困る、と思いながら、わたしは笑みを浮かべ、駆け足で母の背中を追いかけた。
(了)