公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第2回「おい・おい」選外佳作 ラッキーボーイ こまいぬ

タグ
おい・おい
投稿する
結果発表
<選外佳作>

ラッキーボーイ
こまいぬ(愛知県・58歳)

 

 昭和を知る五十代の私は思う。昔はおつりを手渡しでもらっていた。いつからそれが小さなトレイを介して返されるようになっただろう。
 急に入り用になった薬を、通りがかったドラッグストアで買い求めた時のことだ。
「四百に十円のお返しです」
 店員の若い女性はニッコリ笑い、小銭を持った手を差し出してきた。ああ、わざわざトレイからお金を拾わなくてもいいように親切でおつりを握らせてくれたのだ、とその時は思った。愛想もいいし親切な店員さんだなと。気分をよくして店を出たものだ。
 ところが帰ってきて家計簿をつけると、五十円足りない。現金で買い物をしたのは、あのドラッグストアだけだ。そこの店員が百円玉と五十円玉をレジから取り違えたか。あるいは――「四百十円」と言って信じ込ませ、実際は三百六十円しか渡さなかったか。
 心がモヤモヤした。年配者だから引っかかると思ったか。私は悪い方悪い方へと憶測がいった。同じような手口で他の高齢者から小銭をくすねているのではないだろうか。塵も積もれば山だ。
 おつりに用心深くなった後日。母とマッサージ店へ行った。二人で一万千七百五十円だったので、一万二千円をトレイに置いたつもりだった。
 だが、店員の男性は、その札を取るなり、「一枚多いですよ」と千円札を一枚返してくれたのである。もちろん、おつりもちゃんとくれた。まあ、ここには正直者がいるのだわ。正直者は馬鹿を見る? いやいや、彼は幸運を呼び込んでいる。だって、それで私はその店の常連になったもの。その彼の推しになったもの。
(了)