第48回「小説でもどうぞ」落選供養作品


編集部選!
第48回落選供養作品
第48回落選供養作品
Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第48回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。
【編集部より】
今回は笹谷小蛍さんの作品を選ばせていただきました!
自炊したお弁当を会社の休憩スペースで食べようとした主人公は、同僚二人と偶然一緒になります。
ややデリカシーに欠ける新入社員シマくんに得意料理を聞かれて「パスタ」と主人公が答えると、「料理のうちに入らない」と一蹴される始末。 パスタと一口に言っても、ひと手間を加えてより美味しくできることをシマくんは知らないのだと、主人公は心の中で反撃します。
実家暮らしのシマくんと、地方から出てきて一人暮らしの主人公では、見えている世界が少し違うようです。 (シマくんには漫画&ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を勧めたい……!)
また、「孤独」も悪くないよなと思えるラストにも注目です。
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。
課 題
孤独
笹谷小蛍
午前中の仕事を終えた。いつもなら公園でお弁当を食べるけれど、今日は雨。気乗りはしないが、仕方なく給湯スペースの電子レンジを開ける。チン、と安っぽい音。私は温かくなったタッパーを取り出した。
休憩スペースに入った瞬間、雑多な料理の湿っぽい臭いがした。既に先客がいる。
入社したての営業のシマくんと、派遣のワダさん。二人に「お疲れ様です」と挨拶し、彼らも軽く会釈を返した。
私は適当な席を選んで、錆びたパイプ椅子に座る。薄汚れたテーブルをアルコールティッシュでサッと拭いてから、タッパー弁当を開けた。
今日のメニューは、味付ゆで玉子、ポテトサラダ、適当に焼いたウィンナー、わかめご飯にきゅうりの浅漬け。ご飯とウィンナー以外は作り置きしておいた物たちだ。朝に弱いから、お弁当のおかずは手早く詰め込むだけで済むようにしている。
「ねぇこれ、全部自分で作ってるの?」
ワダさんが私のタッパー弁当を指さす。私の弁当に感心してくれているらしい。
「えぇ、まあ…一人暮らしだから節約しないと──って、ほぼ作り置きですけど。」
「それでも偉いよぉ。私なんて冷食か昨日の残り物パパッて入れてるだけだもん。」
ワダさんは、2児のママで主婦だ。仕事もできるし、ホスピタリティもある。
「へぇーっ。フジサワさんって料理できるんすね。」
シマくんが突然、不躾な横槍を入れてきた。
「えぇ?ひどーい。もう、失礼だなぁ。」
私はヘラヘラと受け流す。シマくんは悪い子ではないのだが、ときどき妙なデリカシーの無さを発揮する。
「なんか、得意な料理とかあるんすか?」
得意。得意な料理。何だそれは。料理の得意とか不得意とか、そんなものがあるのか。いちいち意識なんかしていられるか。ただの生活スキルの一環なのに。必要に迫られてやっているのに。何なら私が料理に求めるものって、「ラクに作れて失敗しない」くらいだ。本音を言えば、人に作ってもらいたい。食べる方が好き。圧倒的に。
「…うーん、強いて言うなら、パスタかなあ。」
私は1、2秒に満たない思考の末、最適解と思われる答えを出した。
パスタは失敗した事がない。何だか「料理やった」感あるし。
「パスタなんてそんな…茹でてソースで和えるだけっしょ。料理のうちに入んないっすよ。」
シマくんは軽く吹き出した。
ああ、やっぱり通じない。知らないんだ、この人は。
パスタをどうやって料理するか、知らないバカだ。
確かに市販のソースは使うけど、和えるだけじゃ物足りない。トマトソースならニンニクとベーコン、玉ねぎや茄子をオリーブオイルで炒めてナポリタンっぽくする。クリームソースなら、エリンギと小松菜を具材にする。ブラックペッパーと粉チーズも忘れない。和風にするなら、具はネギとしめじ、めんつゆだけで味付けして…。
言いたいことは山ほどあったが、目の前のコイツに熱弁するなんて疲れる真似はしない。大人げないし、めんどくさい女と思われるのも癪だった。
「そう言うシマくんはさ、料理したことあるの?」
ちょっと食い気味に聞こえていたら嫌だな、と思いつつ私は返した。
「あ、オレ?オレ、実家住みだから料理しないですね。」
「へぇ、じゃあお弁当どうしてるの?」
ワダさんがお茶を飲みながら訊いた。私と違って、ケロっとしている。
「母親が作ってますよ。ボケ防止だとか言って、作りたがるんすよね。コスパ良いし、ラクっすけど。」
へえ、良いねえ、確かにラクだよねえ。私は気の無い返事をして、せっせとお弁当をかき込んだ。心なしか、いつもより味気ない気がする。
実家暮らし。
社会人になっても、弁当を作ってくれる母親。
すごいな。そんな世界あるんだ。私が知らない世界だ。
18歳で地方から出てきて以来ずっと一人暮らしの私とは、完全に別世界の人間だ。
元から、なんか合わないなと思ってたんだよね。
そりゃ、パスタをどう料理すれば美味しくなるかなんて知らないよね。
いいなあ、料理してくれる人がいて。
お弁当まで持たせてくれて。
お坊ちゃんかよ。
いい歳こいて。
ほら、こうやって、ひがみっぽくなる。
だから嫌なんだ。
合わない人がいる空間で、昼ご飯を食べるなんて。
◇
定時になり、私は帰路についた。
今日は何だか疲れた。スーパーに寄って、カップの豚骨ラーメンを買う。料理をする気力もなかった。でも、ものすごくお腹が空いていた。
カップ麺に粉スープと乾燥ワカメ、チューブのすりおろしニンニクを搾り、お湯を注ぐ。
——みんなで食べるご飯は、おいしいんだよ。
ふと、祖母の口癖が頭をよぎった。
ばあちゃん、そんなの嘘だよ。
だって今、ひとりで啜るカップ麺は、こんなにおいしいんだもの。
(了)