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第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 祭りと少年 深見将

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小説
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結果発表
第15回結果発表
課 題

勘違い

※応募数275編
祭りと少年 
深見将

 駅から会社までの道の途中に、神社がある。その日の朝、大勢の人たちが屋台の準備に追われていた。祭りか、帰りにでも寄ってみよう。
 十八時の終業とともに、会社を出た。辺りはすっかり暗くなっていて、ジャケットがないと少し肌寒い。神社の入り口一帯は屋台の灯りに照らされて、こたつをめくったような暖色に包まれている。仕事帰りの会社員、近所の家族連れ、部活終わりの学生たち。その温かい賑わいに、通りすがりの人々が次々に吸い込まれていく。僕もそのひとりだ。
 まっすぐに伸びる参道の両脇には、屋台がひしめき合っている。牛串し、たこ焼き、おでん、フライドポテト。揚げ油や香ばしいソースの香りが入り混じって、鼻をつつく。射的や三角くじ、さらに奥に進んでゆくと、ポン菓子やねり飴もあって、なんだか懐かしい気分になる。その中でも驚いたのは、カラーひよこの露店だ。ピンクやブルーのひよこを、両手で水をすくうように抱きあげる子どもたち。今どき、こんなものを売っていて大丈夫なんだろうかと少し心配になった。
 何を食べようかと目移りしながら歩いていると、ふいに手をつながれた。ひんやりと小さくて柔らかい肌触り。それは、小学四、五年生くらいの、見知らぬ少年だった。
「おじいちゃん」と言いながら、少年は僕を見上げた。目が合った瞬間、人違いに気づいたのか、慌てて手を振り払うと逃げるように走り出した。突然の出来事に僕は呆然としてしまい、声をかけることもできなかった。少年は少し先で立ち止まり、振り向くと、申し訳なさそうな表情で僕を見て、人混みの中に消えていった。
 おじいちゃんと一緒に祭りに来て、はぐれてしまったのだろうか。必死になって捜し、ようやく見つけたと思ったら、人違いだったなんてショックだったろう。でも、僕もショックだ。四十五歳になって白髪は増えてきたし、最近老けたなあと自覚はしている。少年からすれば、それなりの年寄りに見えるのかもしれない。ただ、おじさんを飛び越えて、おじいちゃんはないだろうと。なんだか腹が立つし、落ち込みもする。でも、見つかるといいな、おじいちゃん。
 もやもやした気持ちで歩いていると、屋台が途切れるところまで来てしまっていた。しんと薄暗く、人はまばらで、砂利を踏む自分の足音だけが響く。その先には、拝殿へと続く石段があった。せっかく神社に来たのだから参拝でもしようと、僕は石段をのぼり始めた。数段のぼっただけなのに、ぜえぜえと息があがる。完全な運動不足だな、こりゃ。ようやく拝殿にたどり着いたころには、額に汗がにじんでいた。
 お賽銭を入れ、手を合わせた。そのとき自分の両手を見て、思わず声をあげそうになった。指先から手の甲まで、びっしりと皺で埋め尽くされていたのだ。箸でつまみ上げた湯葉のようだった。手を擦り合わせながら何度見直しても、細かな皺は消えない。僕の手じゃないみたいだ、きっと急に冷え込んだから皮膚が収縮してしまったんだろう。なんだか気分が悪くなってきた。今日は、もう帰ったほうがいい。
 石段はのぼってきたときより、うんと傾斜がきつくなったように感じた。転げ落ちそうな気がして怖くなる。足が小刻みに震えるので、手摺りを握りながらひとつひとつ確認するように降りた。動悸がする。途中、何度か足を止めて深呼吸をした。
 やっとの思いで参道に戻った。気のせいか、屋台の灯りがひとまわり明るくなったように感じた。屋台の様子もおかしい。さっきまであったカラーひよこの売り場は、ヨーヨー釣りになっていた。他にも、ねり飴の屋台がクレープ屋になったり、ポン菓子の売っていた店がハンバーガー屋になったりしていた。どういうことなのか、訳がわからない。
 ふらふらと参道を歩いていると、人混みの中に、こちらを向いてぽつんと立っている少年がいる。あっ、あの子だ。
「今度は、本当のおじいちゃんだね」
 そう言いながら、少年は嬉しそうに駆け寄ってきた。僕らは当たり前のように手をつないで、歩き始めた。もう手を離さないでいいと思うと、僕はすっかり安心した。そういえば、まだ何も食べていない。やたらと腹が減ってきた。よしっ、ビールと焼きそば、それにこの子の食べたいものを買うとしよう。
 屋台の灯りはどこまでも続いていて、遠くの空には三日月が浮かんでいる。つないでいる手が、じんわりと温かくなってきた。
(了)