第52回「小説でもどうぞ」最優秀賞 母はレベル99 増田正二


第52回結果発表
課題
ゲーム
※応募数361編
増田正二
引きこもりの息子がついにゲームの世界にまで引きこもってしまった。
テレビの中、どうのつるぎとかわのたてを抱えた勇人が画面越しにこっちに向かって手を振っている。
「現実世界にいたってしょうがないし、俺はこれからこの世界で生きていくよ」
何言ってるの!? と画面に向かって手を伸ばすも、ふと静香は考えた。
今年で二十八歳になる勇人は定職にも就かず家に引きこもってゲームしてばかり。たまにバイトを始めても「俺には合ってなかった」とすぐに辞めてしまう。勇人がゲームの世界にいてくれれば一人分の生活費が浮く。それはシングルマザーの静香にとっては助かることだった。
どうせ全滅しても復活できるし、
「武器や防具は装備しないと意味ないわよ」
と見送ることにする。勇人はわくわくした様子で町の外に駆けていった。
次の日、仕事から帰ってくると、部屋から勇人の声がした。どれどれ、少しはレベルも上がったかしらと部屋を覗くと、画面にはボロボロになった勇人の姿があった。
「まさか、スライムがこんなに強いなんて……」
と涙を流している。運動も勉強も苦手な勇人には勇者の肩書きは荷が重かったようだ。
「ほら、手当してあげるから帰ってきなさい」
「いや、せっかくゲームの世界に来れたんだ。そういうわけにはいかない。お母さん、そこにあるソフトと切り替えてくれない?」
勇人が指差す先には「ファームストーリー」──作物や動物を育てながら牧場を経営するゲームがあった。たしかにこの世界ならモンスターもいないし、安心安全だ。
言われた通りソフトをゲーム機に差し込むと、ゲームの世界にクワを手にしたオーバーオール姿の勇人が現れた。
「来週には新鮮な野菜を家に届けるから!」
腕を回して張り切ってるけど、不安しかない。明日は休日なので静香は息子の頑張りを見守ることにした。
牧場の朝は早い。朝の四時から畑を耕し、種をまいて、水やり。その後は動物のお世話もしないといけない。きっとゲームだからだろう、作物が育つスピードが異常に早く、夜には収穫を行う必要がある。そんな中、勇人は一生懸命働いている。そう言えば勇人がまともに働くのを見るのは初めてかもしれない。
サンドイッチを食べながらゲーム画面を見つめていた静香の目に涙が浮かぶ。
勇人、頑張るのよ……。
心の中でエールを送るが、一週間後、勇人の口から飛び出したのは「もう嫌だ、辞めたい」のひと言だった。理由は「しんどいから」というとてもシンプルなものだった。
正直、予想できたことなので静香に驚きはなかった。よく持った方だとさえ思った。
「さあ、もう気が済んだでしょ?」
「ごめん、母さん。もう一つ、どうしても行きたいゲームの世界があるんだ」
勇人が次に持ち出してきたのが「ドキドキメモリー」──高校が舞台の恋愛シミュレーションゲームで攻略可能なキャラクターは五人。女の子はモンスター以上に手強いわよ、と思ったが勇人の顔立ちは私に似てとても整っている。何より気の使える優しい性格だ。もしかしたら勇人にぴったりなのはこの世界なのかもしれない。
静香の期待も空しく、一カ月後にはスライムのとき以上にぼこぼこになった勇人がいた。勇人のスクールライフを静香は何も言わずに眺めていたのだが、問題点は明らかだった。勇人はたしかに優しかった。しかし誰にでも優しすぎた。そのたびに各キャラの嫉妬ゲージが溜まっていき、五人同時に爆発したのだ。
「オンナノココワイ……」
勇人は相当、トラウマになっている様子だ。
「これでわかったでしょ? ゲームの世界も現実の世界と変わらない。楽な世界なんてないの。だったらお母さんがいる世界の方がいいでしょ?」
微笑んでみせると、勇人が「うん」と頷いた。静香は勇人が伸ばしてきた手を力強く掴んだ。
現実の世界へと帰ってきた勇人は辺りを見回した後に首をかしげた。自分の手を引っ張ってくれた母がいなかったからだ。もしかしてふがいない俺に愛想を尽かして出ていった? 不安に思っているとテレビから、
「勇人、こっちこっち!」
と母の声がした。目を向けると中国の昔の格好をした母が手を振っている。おまけに剣を二本携えていた。
まさかとゲームのタイトルを確認すると「三国ウォリアー」──三国志をモチーフにしたアクションゲーム。「一騎当千の爽快感」のキャッチコピーの通り、操作キャラクターで大勢の敵を蹴散らすのが魅力のゲームだ。
「これ、一度やってみたかったのよね!」
初心者には難しいんじゃ? と勇人は心配したが、それは杞憂だった。
「シングルマザーをなめんじゃないわよ! 息子の心配!? 余計なお世話! 私はニートでも健康に生きてくれればそれでいいの!」
物凄い勢いで撃破数を増やしていく。
母さんはそんな風に思ってくれていたんだ! なんて感動している場合じゃない。
『
ゲーム内のNPCが叫ぶ。そう、このゲームでは序盤に敵を倒しすぎると尋常じゃない強さの呂布が出てくるようになっている。やり込みプレイヤー向けの隠しボスだ。
「逃げて! 今の母さんじゃ勝てないよ!」
「大丈夫。女手一つで息子を育てる方がよっぽどしんどいから!」
赤兎馬に乗った呂布の攻撃を二本の剣で捌く静香の姿を見て、勇人は母の偉大さを知った。そしてその恐ろしさも。
母さんが優しいうちに真面目に仕事探そう……。
テレビの中では呂布を打ち倒した静香が
(了)