第52回「小説でもどうぞ」最優秀賞 父のタイムを追いかけて 太田


第52回結果発表
課題
ゲーム
※応募数361編
太田
実家を壊すことになった。母を僕の家に引き取る、そのついでだ。
今日は、取り壊し前の最後の掃除に来た。母は僕の家で、嫁に面倒を見てもらっている。
玄関のドアを開けると、埃っぽい匂いが鼻をくすぐった。十八年住んだ家の匂いだ。
靴箱、全身鏡、薄暗い廊下──すべてが昔より小さく見える。部屋をまわるたび、散乱した物たちが目に飛び込んでくる。
父が死んで七年。母はずっと、この家で一人で暮らしていた。
リビングには古いこたつが残っていた。壁には、若い頃の父と母、ご先祖の写真。もう黄ばんだ額縁の列を眺めていると、ここで朝飯を食べていた記憶がふいに蘇る。
とりあえず、ゴミ袋を用意して、部屋を転々としながら掃除をした。いろいろなゴミが出てきた。賞味期限三年過ぎのカップ麺、カビの生えた食品、チラシ、新聞、本当に多種多様なゴミがあった。
気づけば二十リットルの袋が五ついっぱいになっていた。
一階の掃除は、終わった。ゴミ袋を玄関先に起き、二階の掃除を始める。
ギシッギシッと階段が軋む音が響いた。
二階には、三つの部屋があった。僕の部屋、父母の寝室、そして──父の部屋。
そういえば、父の部屋にちゃんと入ったことがなかったな……。
僕は、好奇心から父の部屋の前に立った。重たい扉を開ける。
父の懐かしい臭いがふわっとした。テレビ、机、本棚が広い部屋に置かれていた。派手さはないが、父らしい几帳面さが残っていた。
部屋の机を見ていると、父がパソコンを開いて仕事をしている背中を思い出す。
父は、元気な人だった。よく外に遊び連れていってもらったり、ゲームなんかも一緒にしたりした。ゲームを一緒に夜遅くまでしていたから、母に怒られたこともあった。
ふと、棚の角に小さな箱が見えた。それは、古びたレースゲームのカセットだった。
「……うわ、懐かし!」
父と昔、よくやっていたレースゲームのカセットだった。
失くしたと思っていたのに父が持っていたとは……。
このレースゲームで父に勝ったことがなかったことを思い出す。久しぶりにやってみたくなった。
休憩がてらそのレースゲームをやることにした。ゲーム機もご丁寧に棚に収納されていた。ケーブルをテレビにつなぎ、電源コードをコンセントさす。
ボタンを押すと、時代を感じさせるガビガビのタイトル画面が浮かび上がった。
父と遊んだ記憶が蘇る。
レースモードをやってみた。父は、だいぶこのゲームを遊んでいたらしくステージを全開放していた。
昔より動きがずっとシビアに感じる。
結果は八位。こんなに難易度が高いゲームをやっていたのかと昔の自分に驚いた。
一時間ほど熱中した。
そういえば、別のモードって何があるんだろ?と思い、メニューを開く。
昔からレースモードしかやってこなかったので、他のモードで遊ぶのは新鮮味があった。タイムアタックというモードが目についた。サーキット一周のタイムを計るというモードだ。自分がどれくらいの速さなのか気になったので遊んでみることにした。
一番シンプルなコースを選ぶ。
カウントが始まった。
3、2、1───。
スタートした瞬間、目の前に白い半透明な車が出現した。その車は、とんでもないスピードで1周をしていく。CPUか…?と思いながら頑張ってその車に追いつこうとする。しかし、全然間に合わない。自分がゴールしたときには、すでにそのゴーストは、一周していた。困惑していると目の前にそのゴーストの名前が表示された。
死んだ父の名前だった。
息が震えた。父は、このゲームの中でまだ走っていたのだ。
掃除を終わらせた後、そのゲーム機とカセットを家に持ち帰った。
そこから、毎日、父のゴーストとレースをした。
仕事が終わって、夜ご飯を家族と食べ、一人で部屋にこもり父の背中を追ってレースをする。そんな生活が何日か続いた。ドリフト、ショートカット、エンジンの扱い。父の走りを理解するように、僕の手が覚えていく。
そしてある夜。最終ラップで、ついに父のゴーストを抜いた。
このまま行けば、僕は勝てる。でも同時に、ある現実が頭をよぎった。
──このゲームは、そのコースの“最速”だけを保存する。
つまり、僕がゴールしてしまうと。父のゴーストは消える。
ゴールが近づく。
悩む。
僕は─────ゴール一歩手前で止まることにした。
先にゴールする父の影。画面に映る父の名前。その瞬間、なぜか涙が出そうになった。
そのとき、扉が開く音が聞こえた。振り返ると、息子がこちらを覗いていた。
「パパ、なにしてるの?」
「ゲームだよ。一緒にやるか?」
「うん!」
コントローラーを息子に手渡す。父が生きているこのゲームを、今度は息子と一緒に走るために。
(了)