第52回「小説でもどうぞ」佳作 ゲームの続き ナラネコ


第52回結果発表
課 題
ゲーム
※応募数361編
ナラネコ
妻に言われ、私物を整理することにした。秋の午後のまぶしい光が差し込む部屋に、長年溜め込んでいた持ち物が山積みになっている。不要なものは全部処分してしまおうと思うのだが、なかなかそうはいかない。本棚の隅から、学生時代に仲間と出したガリ版刷りの同人誌が出てきたりする。その頃に書いた詩など読み返すと、赤面して頭を抱えたくなるが、いや待て、これも人生の軌跡かと思うと捨てきれない。
そうこうしているうちに目に入ったのが、埃をかぶった紙の箱だった。表にマジックで「大冒険双六」と書いてある。開けると、厚紙でできた折り畳み式のボードが入っており、色分けされた丸いプラスチック製のコマとサイコロが出てきた。ボードには数字が書かれたマス目があり、冒険旅行の絵が描かれている。マスはスタートから九十九あり、百マス目がゴールになっている。
ルールはすこぶる簡単で、二人でスタートに三つずつコマを置き、サイコロを交互に振ってゴールを目指す。先に全部のコマがゴールに入った方が勝ちだ。
小学生の頃、木田という友人と、よくこのゲームで遊んだ。彼はこのゲームが驚くほど強かった。サイコロを振って出た数の分、コマを進めるだけなのだが、 私は一度も彼に勝てなかった。
ゲーム盤を眺めながら、昔を思い出していると、玄関で元気な声がした。
「おじいちゃん、いますか。遊びに来たよ」
小学校五年生になる孫の裕太だった。娘夫婦の住むマンションが近くにあるため、週末になるとよく遊びに来る。裕太は私が品物を整理しているのを見て言った。
「おじいちゃん、何してるの? 引っ越し?」
「引っ越しじゃないよ。昔の宝物を整理していたんだ」
裕太は、私の手元の「大冒険双六」に目を付けた。
「何これ? ボードゲームだね。おもしろそう!」
最新のゲーム機やスマホのゲームに慣れている子どもにとっては、かえってこういうレトロなゲームが新鮮なのだろう。目を輝かせている。私は裕太にゲームのルールと、一度も勝てない相手がいたことを話した。
「じゃあ、おじいちゃん、僕と一勝負してみない」
「よし、やってみようか。遠慮して手を抜かなくてもいいぞ」
「分かってるよ」
私は六十も年の離れた孫と向かい合って座った。私は赤、裕太は青のコマ。さっそくサイコロを振る。
結果は完敗だった。
「はい。これで僕の三連勝」
「参ったな。何十年たってもツイていないのは同じか」
私が言うと、裕太は話すかどうかちょっと迷っていたが、口を開いた。
「おじいちゃん、そのやり方じゃ何回やっても勝てないよ」
「ええっ、どういうことだ。やり方って、サイコロ振るだけじゃないか」
「サイコロは運だけど、三つあるコマのどれを動かすかは自分で決められるよね」
「ああ」
「たとえば、自分のいるマスに後から相手のコマが入ると、自分のコマはスタートに戻されるでしょ。すると一からやり直し。このゲームではいちばん痛いよね」
「そうだな」
裕太は赤と青のコマを近接するマス目に置いて動かした。
「おじいちゃんはこうやって、平気で相手のコマのすぐ前に自分のコマを出しちゃう。で、落とされてスタートからやり直しってことが多いんだよ」
「そうか」
「それから、落とされない安全地帯のマスがあるのに、そこからすぐに出る。せっかく守りの堅い場所にいるのに危険地帯に出ちゃうんだ」
私は唸った。ただサイコロを振って漫然とコマを動かしていたのだが、そんな作戦があったのか。
「こういうゲームって、そういう作戦の甘さが積もり重なると、何回やっても負けになっちゃうんだよ」
そのとき、私の頭をある考えがよぎった。ゲームの「作戦」を「生き方」に置き換えると、それはその後の私と木田の人生そのものなのではないか。
木田は要領よく人生を送った。リスクを巧みに避け、チャンスは確実につかむ。彼は常に私より先にいた。受験勉強のコツがつかめず浪人した私に対して、彼は現役で一流大学に合格した。就職先になじめず二回も職を変えた私に対して、彼は順調にエリートコースを歩んだ。何度もスタートに逆戻りさせられた私に対して、彼はロスなくゴールに向かっていった。
「おじいちゃん、考え込んでどうしたの?」
私は裕太に、木田と私のその後の人生の歩みを話した。裕太はいつになく真剣に私の話を聞いていた。
「ふうん。でも、今おじいちゃん、おばあちゃんと二人で幸せそうじゃない。だったら別にいいんじゃないの。幸せなら勝ち負けなんてどうでもいいよ」
そこで私は思い出した。木田は大企業に入社して、若くして役員になった。だが、働きすぎて体を壊し、五十代半ばで早世したのだった。
私は改めてゲーム盤を眺めた。木田は真っ先にゴールにたどりついたが、そのゴールが人生の終点だった。それに比べて、私は不器用な生き方で、何度もスタートに戻されたが、まだ人生の旅を楽しんでいる。
「そうだな。おじいちゃん、幸せだよ」
それを聞いて、裕太は楽しそうに笑った。そしてゲーム盤を指さして言った。
「ねえ、今からおばあちゃんも入れてやろうよ。このゲーム、三人でやったらもっとおもしろいよ」
裕太は隣室にいる妻を呼びに行った。
畳の上に置かれたゲーム盤を、少し傾いたやわらかい秋の日差しが照らしている。日暮れにはまだ時間がありそうだ。
(了)