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第52回「小説でもどうぞ」佳作 この素晴らしい世界 湯島タロウ

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小説
小説でもどうぞ
第52回結果発表
課 題

ゲーム

※応募数361編
この素晴らしい世界 
湯島タロウ

 カミは言った。
 まず、はっきりと、これこれこういうことが罪だと決めるべきだと思うよ。そうでなければ、愚かな人間どもは何をしでかすか分かったもんじゃないからな。ほら、あそこを見てみろよ。また喧嘩だ。この土地は俺のものだと言い合っている。なぜ、分かち合えないのだ。隣人を愛することの大切さを教えねばならん。ああ、それからあそこを見ろよ。人の妻を寝取ろうとしている男がいる。最近、こんなことばっかりだ。盗みがどれほど罪深いことかをもう一度教え込む必要があるな。そう思わんか、そこのアジア人よ。
 ホトケは答えた。
 まあ、そうかっかすんなよ。どうせ、人間なんて悪人だらけだろうが。罪なんてこと教えたって、聞きゃしねえよ。盗み盗まれ、殺し殺され、好きにやらしとこうぜ。最後に全部まとめて極楽で面倒見てやりゃいいんだよ。罪を犯したらアウトなんてルール、おいらは嫌いだね。この俺だって、結構悪いことしてきたしな。お前もそうじゃないのか、アジア人には見えない人よ。
 カミは苦々しい顔で答えた。
 全く、どんな育ち方したらそんな考えが出てくるんだか。悪人もゴクラクとかで引き受けるだと? フェアじゃねぇだろうが。真面目に勤勉にこつこつ頑張った人々だけが救われるべきだろ。みんな救われちゃったら誰が努力するんだよ。世の中終わりだよ。
 ホトケは声を荒げた。
 みんなが救われることこそフェアだろが、ど阿呆! 努力なんてしたい奴だけやりゃいいんだよ。見ろよ、あそこの畑。一生懸命働いてるのは二人しかいねぇじゃん。あとの七、八人は寝転んだり、たばこ吸ったりしてるじゃん。あれでもちゃんと作物はできるんだよ!
 カミは厳かな感じで言った。
 ならば、実験しようではないか。私の力の及ぶ地域では私の考えを行き渡らせる。お前の力が及ぶ地域はお前の考えでやってみろ。どちらが素晴らしい世界になっているか、千年後に結果を見ようではないか。
 ホトケはうんざりした感じで言った。
 お前って、なんでいつも上から目線なんだよ! 実験しようではないかじゃねぇよ。でも、まぁいいよ。やってやるよ。千年後にここ集合な。びびって来られないとかなしだからな!
 このようにして、カミとホトケのゲームが始まった。試合時間は千年。

 ロンドンでデイビットは通行人のスマホを強奪した。パリでアンヌは娼婦として通りに佇んだ。ジュネーブでキリは合成麻薬を吸い込んだ。シアトルで退役軍人ジョンは自殺した。ローマでマルコは同級生を刺し殺した。ベルリンでダントン夫妻の次女が誘拐された。メルボルンでメアリーは子どもを殴りつけた。

 台北でリンは学校に火をつけた。上海でサンジュンはコンビニを襲った。マンダレーでウスパは銃を横流しした。プノンペンでスレイは銀行の金を横領した。大阪で卓郎は老婆を殺して三万円を奪った。千葉で真知子は学校のトイレに閉じ込められ水をかけられた。福岡で智は包丁を振り回して市役所に立てこもった。

 リバプールで一人の少年がギターを弾いていた。曲を作ろうと思ったのだ。覚えたばかりの六つのコードで。コードには無限の組み合わせ方があった。少年はそれが楽しくてならなかった。夕方、五時頃のこと。どこか上の方から何かが聴こえたような気がした。考えることなしに少年は手を動かした。めちゃくちゃな言葉で歌った。その歌声はどこまでも響くように思われた。

 東京で一人の男が畳に寝転んでいた。煙草を吹かしながら、何ということもなくぼんやりと考えた。俺も来年は四十か。いろいろなことがあったなぁ。特に、教員時代が良かった。変わった奴が多かったな。嫌な奴、好きだった奴。俺も相当世間知らずの意地っ張りだった。楽しかったなぁ。いや、待てよ、と男はむっくりと起き上がった。先ほどまでの眠気は吹き飛んでいた。文机には原稿用紙が用意されていた。そして、頭に浮かんでくることを次々に書いていった。

 千年後。
 カミは言った。
 戦争ばっかりだった。あまりにも多くの人が殺された。この千年、天国に来ることができたのは三人だけだったよ。人が少なすぎて、ちっとも楽しくない。罪とは何かを教えたはずなのに。このゲームは私の負けだ。
 ホトケは答えた。
 こっちだってひどいもんだよ。大きな声じゃ言えないが、多くの場所で多くの人が殺されたんだ。見ちゃいられなかったぜ。うんざりだ。極楽なんて悪人だらけだよ。おまけに反省のはの字もない。このゲームは俺の完敗だ。
 カミはホトケを慰めた。
 まぁ、そう落ち込むな。良いこともいくつかあったではないか。美しいものも生み出されたと聞いているよ。光や音に似たものを作った人たちがいたらしいね。
 ホトケは頷いた。
 確かにな。思わず頭を撫でてあげちゃった人たちもいたな。でも、そっちだって大したもんじゃねぇか。えらく遠くまで行ったり、俺たちの存在に気づいたりした人もいるらしいな。
 
 カミとホトケはしばらく世界を見下ろした。カミはつぶやいた。私もあそこに行ってみたいな。ほんの少し悪いことをしたり、誰にも気づかれずに人助けをしたり。ホトケも同じ気持ちだった。俺もあそこに行ってみたいな。雪の球を人にぶつけたり、ほかほかのご飯を食べたり。
 そして、また千年後に、と約束して、二人は別れた。
(了)