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第52回「小説でもどうぞ」佳作 ゲー感なんかじゃ、歯が立たねえ 紅帽子

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小説
小説でもどうぞ
第52回結果発表
課 題

ゲーム

※応募数361編
ゲー感なんかじゃ、歯が立たねえ 
紅帽子

 仕事帰りに同僚の片桐と居酒屋に行った。
「おい、片桐、ニュース聞いたか」
「いえ、なんすか?」
 俺は宇宙人が来ることを教えてやった。
「宇宙人、襲来?」
「そうだ、宇宙人がやってきて我々を皆殺しにするそうだ」
「へーえ、それで、先輩どっか逃げるんすか?」
「逃げるって、何言ってんだよ、宇宙人が来るんだぞ。どこに逃げようって言うんだ」
「別居中の奥さんとお嬢さんも心配ですしね」
 ああ、と俺はジョッキを煽った。別居中なんてことを敢えて強調することもねえだろうに。
「おまえ、平気な顔してるけど、どうすんだよ」
「へへへ、これっすよ」
 片桐は鞄からゴーグルを取り出した。
「サングラス?……、なんだそれ」
「知りません? 先輩、今流行はやってるんすよ、ゲー感」
「ゲー感?」
「そうっす、これをつけると全てがゲーム感覚になるんすよ」
 俺は言われるままにそのゴーグルを付けてみた。するとたちどころに景色が変わった。居酒屋にいる客や店員がみんなニコニコしはじめた。BGMの演歌がグレゴリオ聖歌に変わった。なんだこりゃ。片桐が目元ぱっちりの美少年に変身し、「センパイさん……」と俺を呼ぶ。その声はウイーン少年合唱団かと思えるほどの美声だった。なんともいえぬ幸福感……。
 俺は、へえと感心しながらゴーグルを外した。その途端、あっ、いきなり現実に戻った。
「どうでした、先輩」
 片桐が豚キムチをくちゃくちゃ食いながらダミ声で話しかけた。
「凄いよ」
 俺はジョッキを一気飲みした。「このゴーグルは現実を別世界に変えるんだな」
「そうなんすよ。だから、宇宙人がやってきて、闘うときもゲー感でやればいいんすよ」
 しかし……。
「だけど、実際には殺すんだろ、宇宙人を」
「そうっすよ、撃ち殺します」
 片桐は鶏の唐揚げにかぶりついた。「ゴーグル付けると、すべてがゲーム感覚、そのように脳が判断するんすよ」
 翌日、俺はコンビニにゴーグルを買いに行った。年齢確認で13歳以上かそうでないかの表示が出たのでYESを押した。てことは中学生以上ならこのゴーグルを買えるってことか、つまり宇宙人と闘うのだ。昔日本でも陸軍だか海軍だかが幼年兵とか言って少年を戦場に駆り出したことがあったという。いったい日本は、いや世界はどうなっちまったんだ。
 次の日、宇宙人が襲来した。俺と片桐は最前線に立たされた。
「ところでさ、なんで宇宙人が到来したのか、おまえ知らされているのか」
「さあね、そんなこと、お偉方だけですよ、知ってるの」
 俺はゴーグルを付けた。するとヨガ教室の瞑想の曲がかかった。戦士のポーズ、太陽礼拝のポーズ、キャット&カウ。ああ、なんとも言えず、癒やされるぅ……。
 でも、これはゲー感なんだよな。リアルはどうなってる? 俺はちょっとゴーグルを取ってみた。
 たちまち阿鼻叫喚の地獄が出現した。そこら中に死体が転がり、宇宙人の傷んだ身体からはうめき声が洩れ聞こえる。
「おい、片桐、なんてこった!」
 これが現実だった。ゲー感なんかではない。世界は激しく病んでいるのだ。
 俺はゴーグルをかなぐり捨てた。 
「先輩、そんなことするとダメージ強いっすよ。いくら宇宙人殺しだって、殺しは殺しですから。あとでPTSDに」
 うるせえ、俺は決めたんだ。宇宙人たちは無防備だ、それなのに俺たちは武器を持ち、しかもゲー感のゴーグルまで付けて罪の意識もなく宇宙人殺しをやっている、そんなの江戸っ子じゃない! もとい、そんなの地球っ子じゃねえ!
 俺は武器を捨てた。他に何か捨てるものはないか、そうだこの緑色のコート、ミリタリージャケットと呼ぶのだろうか、俺はバサッと脱ぎ捨てた。肌着も取って上半身裸になった。ええい、ままよ、俺はズボンも脱いだ。そしてパンツに手をかけたが、そこまではしなくていいだろう、パンツ一丁だ。
「先輩!」
 片桐はいつになく真面目な顔で言った。「お見事! 俺も続きます」
 ゴーグルを外し、服を脱いでパンツ一丁になった。
「よっ
しゃー。来い、宇宙人」
 向こうから宇宙人がなにやら呟きながらこちらにやってくる。
「ワレワレハ ウチュウジン デアル」
 喉を震わせながらいかにも宇宙人っぽく言った。
「君たちはなぜここに来たんだい?」
「アナタタチのホシ 水タクサンアル。ノドカワイタ。ボクタチ ウチュウリョコウのトチュウ 水ノマセテホシイ」
 み、み、水かい?
「ソウ、水。ワンカップだけモラッタラ スグ帰ル」
 俺は道の傍にあった自販機に百円を入れた。二十円足りない。
「おい、片桐二十円貸してくれ」
 片桐は十円玉と五円玉二枚を入れた。
 ガチャっと音がして自販機の底に『地球のおいしい水』が出てきた。俺は宇宙人に手渡した。
「アリガトウ アナタタチ 親切。ソレに 勇気アル」
 宇宙人は『地球のおいしい水』のキャップをひねり一口飲んだ。
 彼は飲んだあと、頭を下げ黙想した。そしていきなり顔を上げ、腕を高く掲げ、水を宙に撒いた。空に水がキラキラ輝き、虹がたった。
 彼は戦死した宇宙人や傷ついた仲間を抱え、虹を渡って宇宙に帰っていった。
「先輩、宇宙人っていい奴だったんすね」
 片桐がしみじみそう言った。
「ああ、俺たちの何百倍、いや何千倍もの文明の力があるんだ」
「ゲー感なんかじゃ、歯が立たねえ」
「そうだ。リアルを充実させなきゃな、俺たち。江戸っ子なら、もとい、地球人なら」
「先輩、それにしても寒いっすね」
 二人は同時にくしゃみをした。
(了)